最後の日

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僕のブースト掛けた攻撃を、セルシアさんは全て捌いていた。クラッキングか?しかし、僕の周囲のファイヤーウォールは何も反応していない。 僕と同じブーストの類か?しかし、スキャン情報には何も載らない。そもそも、セルシアさんのデータは一昨日すべて読んだ筈だ。確かに、この人は異常に耳が良い。でもまさかそれだけで、僕の動きを読み切れるのだろうか? ついに僕の剣が押し返される。僕は距離を取り、敢えて余裕の表情を見せた。 「驚いたよ、セルシアさん。この僕のブーストに、生身でついてくるとはね。大した聴覚だ」 「やはり、ご存知でしたか。僕くらい耳が良いとね、その人の心の声まで聞こえてくるんですよ」 「…何だって?」 読心ということは、やはり盗聴されているのか? 僕は妨害対策ナノマシンの一部をファイヤーウォールの補助に充てて、周囲の防御を一段階高めた。セルシアさんは何かを聞き分けたのか、少し訝しげな表情を浮かべる。これでも読まれるならもっと防御を上げたいが、そうすると妨害対策の電磁スキャンに使っている分が足りなくなる。それはレオン君の影分身をセルシアさんも使ってきた場合に対処出来なくなることを意味する。さっきの読心の発言はフカシかもしれない、その為に実際発動しかねない技に対する防衛策を捨てるのは悪手だろう。読心されてでも、立ち向かうしかない。それに僕には、奥の手もある。 僕が覚悟を決めて打ち込んだ瞬間、バーン!と何かが破裂するような激しい衝撃が頭を襲った。一瞬にして防御モジュールが打ち消したが、思わず後ろにふらつく。僕には知覚出来なかったが、妨害対策ナノマシンが僕を動かし、セルシアさんの追撃を防いだ。影分身とは違う想定外の攻撃だったが、やはり、残しておいて正解だった。 直ぐ様僕は距離を取り、セルシアさんを睨む。 「危ないな……、おい、やってくれたな?」 「おかしいな、そんな反応出来るような半端なダメージじゃなかったはずだけど?」 「残念だけど対策済みだよ。音響兵器が使われてそうな入力はカットされるんだ」 「それでいて、僕の声は聞こえてるって訳か。流石の腕前ですね」 セルシアさんが顔を顰める。持久戦を覚悟したのだろう。僕も今ちょうど、そうなるかもなと思ったよ。 だから、終わらせる。 「次がある以上、お互いにこれ以上の消耗戦は避けたいだろうからね。悪いけど使わせてもらうよ」 「何を…、…っ何、だ、」 遠隔操作で、セルシアさんのドラッグパッチを再燃させる。セルシアさんは突然目を回した様にふらつき、踞った。 「これ、は…ぐ、うぅー…」 「はい、チェックメイト」 僕はセルシアさんの無防備な首に、トンと剣を置いた。勝利の判定が僕に入る。 「リノ、ちゃん…もしかして、あの時の」 「出来ればこんな勝ち方したくなかったけどね。貴方に負ける訳にはいかないんだよ」 僕はしゃがみ込み、だらしなく緩んだセルシアさんの顎に指を突っ込んだ。口蓋の解除パッチを起動してやる。すぐに正体を取り戻したらしく、あの温厚そうだったセルシアさんが僕をすごい目で睨んできた。その敵意に自然と僕の口許が吊り上がる。 ふふ、今更気付いたの?お前も僕の掌の上だったんだよ。 ついに残すは決勝戦、僕とクリスの試合のみになった。 セルシアさんはめちゃめちゃキレていたようだったけれど、今は何故か吹っ切れた顔で準備中のフィールドに乗り込み、雷様の席の隣であの楽器を抱えて独唱会を始めている。 「…何やってんのさーセルシアさん…これ金取れるやつじゃん…」 クリスがモニタを見ながらぎこちなく笑う。緊張している。 「良いじゃない、彼らしくてさ。それより、お前の準備がまだ終わってないんだから、もっかいここ座ってよ」 僕は左手で端末を操作しながら、右手で隣の席を叩いた。 「いいよーリノありきのブーストなんだから、リノと戦う時は無しで当然なんだよー」 「そんなの僕のプライドが許さない。座れ。僕無しでブースト出来る様に調整したから。あんまりソース整理する暇無かったから多少僕の声のシステムボイスが聞こえるかもしれないけど」 …という建前の、リノモジュールだ。やっぱりお前に入れておきたい。だってこれが、僕の。 「えぇ…愛かな?」 そうだね。愛だよ。ごめんね。 「…嫌な愛され方してんね、お前」 お前はこんなもの突っ込まれるとは思ってないだろう。 「リノから愛されるならどんな愛され方でもいい!」 クリスはそう言いながら素直に僕の右に座った。 「…ふーん」 その言葉は、前も聞いたな…。初めてブーストを使ってクリスを持ち上げて、僕がクリスに力で負けなくなった時。僕の愛はお前が想像しているより歪で、あの時のクリスにはとてもじゃないけど晒せなかった。 今は違う。一昨日僕達は初夜を迎えた。本当の欲望を剥き出しにして、互いを征服した。どんな愛され方でもいいっていうお前の言葉を、今なら信じられる。だから、良いよな?これから僕がしようとしていること、許してくれるよな? そういえば、愛してるって、まだ言ってないね。言うならやっぱり、別れの時かな。 決勝戦が始まった。 ごめんね、クリス。やっぱり僕は、お前が苦しむ様が、どうしようもなく好きみたいだ。クリスがブーストを使い続けると、発熱量が激しい為に顔が上気し、汗だくになって、息も上がり、見苦しいったらない。実際には完成している冷却機能を起動してやらなかったのは、その様を見たかったからだった。 (雷様のお気に入り。僕の事が大好きなクリス。僕の光の英雄) このみっともない彼が優勝し、そのまま次期国王に登り詰める姿を見てみたかった。これが普通の武闘会なら、十分にあり得る未来だった。 しかし、賞品があの、雷の剣だった。 その行く先はつまり、名誉の死。 或いは、本当に剣の使命を果たす時が来ているのかもしれない。優勝して、雷の剣を得て、世界を救う旅。 (…冗談じゃない) 握る剣に力が籠もる。何もかもカミナの思い通り、何もかも自分には与えられない。あいつのせいで僕の人生いつまでもこうなのか! クリスはまだ体力に余裕はあるが、それでも苦しそうだ。こっちは体力がない分、思考の余裕が無くなってきている。 一旦距離を取らなければ。そして、どうするか決めなくては。 クリスの剣を弾き、彼の胸を蹴り飛ばし、そのまま後方に宙返りして離れる。クリスの目は真剣だ。私情を挟まず純粋に、この勝負に打ち込んでいる。それは正に、素晴らしい英雄の素質だった。 (…だったらやっぱり、最大限傷をつけてやるくらいしか。僕が最期に出来る贈り物は僕なりの愛で…そして僕が最期に貰う贈り物は、お前の絶望だ、クリス) クリスの攻撃が大振りになってきている。さすがに冷却無しでここまで稼働させるのは無理がある。これ以上戦わせると、医療モジュールがブースト機能を排除しにかかるだろう。 僕は剣に圧されたフリをして、わざと一瞬前をがら空きにしてみせた。クリスが迷うことなく突っ込んでくる。 (馬鹿だなぁ、お前。こんな罠に引っ掛かる程、限界だったのか?) 僕はふわり、と両手を広げ、微笑んだ。 クリスの剣が僕の胸を刺し貫く。 「…っあ、やば」 水を打ったような静寂の中、クリスが声を上げた。怯えているね、可愛い子。大丈夫、そのままおいで。僕はブーストを効かせたままクリスの両腕を掴み、引き寄せる。 クリスの左腕のツボを圧した。そこは仕込んで眠らせておいた、ブーストの冷却機能を稼働させるポイントだった。 クリスは突然冷水を被った様に顔面蒼白になった。冷却機能のせいだけではないだろう。 僕は微笑んだまま、クリスの剣を抜かずに自分の首の方に力ずくで押し上げた。内臓が、上下に切り離される音。 そのままクリスの手にキスをする。 ぐ、がは、と声を上げて僕はその上から大量の血を吐いた。ふふ、良いぞ、間に合った。最後の舞台装置。僕の喉が治った証拠だ。 「リノ、お前…声が、」 クリスが僕の声に気付く。 嬉しい。やっぱり僕のことを一番分かっているのはお前だ。 「…クリス。僕の命の恩人。僕の英雄…」 声が震える。本当は寂しい。でも、僕は決めたんだ。今度こそちゃんとお前の前で死ぬって。今度はお前の手で死ぬって。お前に、僕を殺させてやるって。 離れ離れになるのは嫌だから。こんな運命、嫌だから。こんな世界で僕一人が生きるのなんて、絶対に、嫌だから。 僕はお前の消えない傷になりたいんだ。 「愛してる、ぐっ…、ありがと、」 担架が運ばれてくる。クリスは周囲などお構いなしに、僕から手を離さなかった。僕も、クリスの手を離せなかった。体の力がどんどん抜けていくけれど、この手はとても温かくて、優しくて、僕を抱いてくれた、あの手で。 「リノ、おい、早まるな、やめろ…」 泣いているね、クリス。その顔、大好きだよ。最高の贈り物をありがとう。あと何か言っておくこと、あったかな。 「…今まで……、黙ってて、ごめん……」 色んな意味で、ね。 僕はとても面白い冗談を最期に言えた気がして、幸せに包まれるみたいに、笑顔で目を閉じた。 「馬鹿…、馬鹿野郎ーーーッ!!!」 クリスの声がかすかに聞こえる。 ああ、そうだ。僕は天才で、馬鹿野郎だ。 あいつの世界から逃げたくて、でも結局、 あいつと同じ土俵で勝って出し抜きたい気持ちを抑えられなくて。 大好きな人と、死ぬまで一緒にいたくて。 なぁ、カミナは、少しでも傷ついたかな? お前はどれくらいの傷を負った? 滅多に見られない、お前の焦る顔、絶望する顔。 もっと見ていたかったんだけど、 死ぬ時って案外瞼が重くてさ。 最後に聞いた声、どんなだった? お前に愛を囁くための、とっておきだったんだぜ。 みんな、僕のこと、ずっと覚えていてくれるかな。 リノ・カミナリノじゃない僕、リノ・ライノの名前を。
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