すこしだけ寄り道

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すこしだけ寄り道

 伊藤咲は中学校二年生。  特にクラス替えもなかったので、退屈な毎日を送っていた。  いつもの通学路を少しだけ道草を食って帰ろうと思ったのは、その日、クラスの友達でいつも一緒に帰る佐藤みゆきが委員会の用事で一緒に帰れなかったかもしれない。  すっかり春から初夏に移り行く通学路は、農業専用道路を指定されていたので、お田植の準備も済み、田んぼに水が張られて、青い空を移しとても美しい。  いつもだったら指定された農業専用道路をそのまま左にグイっと上って車が通る通りに出るのだが、その日は気持ちも高揚して、農業専用道路から真直ぐに続く細い道の方へと入って行ってみた。  その道は左に用水路があり、道幅は本当に狭く、咲が一人で通るのがやっとな道だ。  狭いとはいえ、この道を通った方が車が通る道をあまり歩かなくて済むところに出る。  道草の道路の入り初めには人参が植え付けられ、柔らかな葉っぱが延びている。  両側に農家の倉庫のような建物のあるその薄暗い道を咲は歩き始めた。  倉庫の場所を超えると左の用水路の横の土手の上には家が建っている。  結構な急斜面に建っているので咲はいつも家が転げ落ちてくるのではないかと心配になる。  今日もドキドキしながらその家を見て歩いていると、突然何かとぶつかった。  驚いて前を見ると大きなネズミが道をふさいでいる。何だか服も着ている。 『いやいや、ありえないよ。ネズミが私くらい大きいなんて。』  咲は冷静になろうと思い、夢なら覚めてほしいとも思った。    何とか冷静になろうと深呼吸をしていると 「悪いけど、少し道を譲ってはくれないかい?」  と、ネズミがしゃべった。  咲は飛び上がって驚いて、今来た道を戻ろうと大急ぎで後ろを向いた。  ところが、後ろを向いたら狭くて暗い一本道なんてなくなって、広い道が3本に分かれている。  一本道を来たはずなのに、それも狭かったのに。  あの両側に農家の倉庫があった場所には広い道が広がっているのだ。  そして今、咲とネズミが遭遇した場所の道は狭いのだ。  もう、夢を見ているとしか思えないが、とにかくネズミから離れなければいけないと思って咲は大急ぎで真ん中の道を引き返してみた。  ネズミを気にして後ろを向きながら走っていた時、また何かにぶつかった。  驚いて前を見ると大きな兎が道をふさいでいる。やっぱり服を着ている。 『夢だよ。これは夢。』  咲は自分に言い聞かせて、広い分かれ道まで戻り、右の道へ走って行った。  そうすると、ちょっと歪んだ景色の向こうにいつもの農業専用道路の上がり口らしい上り坂が見えたので歪みを通り抜けて、急いで上り坂を上った。  するといつもの車が多い道路に出た。  家に帰って、お祖母ちゃんにその話をすると、 「あの細い道は昔からいろんなものがでるから通学路にしていないんだ。」 「咲が道草さえしなければ怖い目にも合わなかったのにねぇ。」  と、のんびりと言われた。  そして、 「戻れてよかった。時々あの道の近くで神隠しに会うこともあるからなぁ。」  と、付け足したので咲はゾッとして二度と正規の通学路から外れないように登下校をしようと自分に誓った。  きっと、神隠しにあったなら、あの狭い道からあるはずのない広分かれ道の中を延々と出られずに、もっと沢山の動物に出会いながら過ごしてたかもしれないのだ。  咲にもまだ冒険心はあったが、家に帰れないのは嫌だと思った。  咲はまだ中学生。大きな世界に出る道はもっと大きくなってから探せばよいのだ。今はまだ家族の庇護のもと、暖かい家ですごすのが一番だろう。 【了】    
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