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出会ってしまう 1
「ああ、ヤバい。これはヤバい」
上野義高の神田茜に対する第一印象である。
近づいてはいけない。本能がそう警告する。
かかわってしまったら地獄に堕ちる。
きょうは三鷹にある大型書店、西山堂にブックカフェをオープンする新規事業の初の打ち合わせである。上野は「こもれびカフェ」の担当者として、部下の高田と馬場を連れて赴いていた。「こもれびカフェ」は総合商社が母体の全国展開するカフェチェーンである。
三鷹駅から徒歩五分。三階建てのビルが西山堂の本店である。ほかに国立と府中にもうすこし規模の小さい支店を持つ、地元密着型の本屋さん。絵本から専門書まで。幼い子どもから大学生、ティーンエージャーから主婦、老人まで客層も幅広い。
すでにオープンしている一階の入り口から入ると、待ち受けていた店長が、どうも、と会釈をした。
「お待ちしていました」
上野は彼とすでに一度会っている。
「おはようございます」
口々にあいさつをかわすと案内されたのは、西山堂のバックヤードにある、応接兼会議室のさほど広くない雑然とした部屋だ。
全国に展開する「こもれびカフェ」が初めて手掛けるブックカフェである。西山堂も初めての試み。どちらも力が入る。その西山堂側の担当者は店長、マネージャーの目黒、そしてもう一人のマネージャーが神田茜だった。
カフェ、という業態に若い女性の意見は必須だろうと選ばれたのが、馬場と神田茜である。二人ともいわゆるアラサー。順調にキャリアを積み充実している年代。おそらくプライベートも。
馬場のプライベートに関しては、上野はなにも知らない。馬場本人が話すこともないし、上野が聞くこともない。コンプライアンスだの個人情報なんたらだのきびしい昨今、うっかり聞いてしまったら、ナントカハラスメントに接触する恐れがある。うかつに口にできない。
それは、もうじき三十をむかえる高田に対してもそうである。三十男のプライベートなど、どうでもいいが。
初日の今日に限っては西山堂の社長も顔を出している。それから内装を手掛ける施工業者。二階にある専門書のコーナーを三階に移動して、二階は文芸専門のフロアにする。三階はコミック、絵本、参考書そして専門書になる。空いた窓際のスペースにカフェを作る。
窓の外を眺めつつ、買った小説や雑誌を読みながらコーヒーを飲んでいただこうという趣旨である。カフェにはためし読みできる話題の本や、新刊も用意する予定だ。
最近めっきり減った活字好きに居心地のいい空間を提供する目的もあるが、そうではないお客にも気軽に寄ってもらおうという目的もある。
その際、なにかしらの本を手にとって興味を持ってもらえたら、という西山堂側の意向でもある。
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