修羅場

2/3
130人が本棚に入れています
本棚に追加
/26ページ
 渋谷は、上野の同期である。同期の中でも出世頭。一歩抜きんでてエリート街道まっしぐらのヤツである。上野程度の中堅どころなど歯牙にもかけなくてもいいところだが、会えば気さくにあいさつをする。同僚との関係も良好、部下には慕われ、上司からは信頼を寄せられ、非のうちどころがない。完璧の権化のようなヤツだ。 「なんで渋谷が……」 「不倫してたみたいですよ」  マジか。はじめて聞いた上野は、目を見開いて馬場を見つめた。 「知ってたの?」  馬場は冷めた顔で鼻で笑った。どうやらその不倫相手が妊娠したと聞いて、妻が乗りこんできた、ということか。  マジか……。  渋谷の妻は、重役の誰だかが紹介したどこぞのお嬢さんだったはず。すでに重役へのレールが敷かれていたはずなのだが。 「きみの情報網、すごいな」  馬場にも恐れをなす。馬場は事も無げに答える。 「みんな大好き、スキャンダル」  ひい。ランチでそんな話をしているんだろうか、女子社員。  そのうちに、到着したエレベーターが開くやいなや、当の渋谷が飛び出してきた。息を切らして後ろから妻を抱えこむ。 「やめないか!」 「うるさいっ! こんな女死ねばいいのよっ!」  うわあ。  ほぼ同時に駆けつけてきた総務の課長と二人の女子社員が恵比寿を羽交い絞めにした。 「なによっ! 離婚するっていったじゃない! 離婚してわたしといっしょになるっていったじゃないっ!」  そう叫びながら、引きずられるようにつれて行かれる恵比寿の頬には赤い筋が走っていた。ひっかかれたのか、指輪かなにかで傷ついたのか。渋谷は彼女に背を向けたまま無言である。彼女の放つ鋭いことばから守るように妻を抱きかかえている。 「なによっ! わたしを愛してるっていった! わたしよっ! わたしなのよっ!」  わめき散らしながら遠ざかる恵比寿。いっぽうの渋谷は泣き崩れる妻を抱えたまま立ちつくしている。暴れる二人に割って入ったせいか、きれいにセットしたはずの髪は乱れ、高そうなネクタイも歪んでいる。ミスター完璧が台無しだ。  ……よ、よかった……。  上野は、馬場に悟られないようにそーっとそーっと息を吐きだした。  あれが不倫の挙げ句。なんておそろしい。いい晒し者だ。この先何年も語り継がれるスキャンダルになったのだろうな。そしてみんな、同じ轍は踏むまい、と誓うはずだ。そして道をはずれそうになったら「ああなるのだぞ」という見せしめになるのだ。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!