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接近1
顔を合わせない。
打てる手立てはそれくらい。
このプロジェクトは若手の高田、馬場の二人にメインでやってもらおう。自分はサポートに徹しよう。上野はそう決めた。
西山堂側も打ち合わせに来るのは店長と目黒で、茜は顔を出さないという。
よし! これならば顔を合わせることも滅多にないだろう。なんとか行ける。そう踏んだのに。
高田から二度目の報告を受けた後、
「次は施工業者さんも来て、店舗設備の話になるから上野さんも来てくださいよ」
そういわれた。しかたがない。任せっきりというわけにもいかない。茜がいないのなら行ってもだいじょうぶだ。そう思って高田を連れてやって来たのに、目の前にすわるのは店長と神田茜である。
「神田さん、初回以来ですね」
能天気な高田の声がうらめしい。ははっと笑う茜がばつが悪そうなのは気のせいだろうか。
なぜだ。店長と目黒じゃなかったのか。
「きょうは目黒、休みなんですよ」
ああ、そうですか。なんて間の悪い。空気読めなそうだもんな、目黒さん。いや、シフトなんだからしかたがないのだが。
「それに、女性の意見も必要だと思いましてね」
一般に展開している「こもれびカフェ」とは違って、ブックカフェらしく西山堂のオリジナリティを出そうという計画である。
それはわかる。神田茜に困っているのは、単に上野の個人的な理由である。まったくもって個人的な。仕事に持ちこんではいけない理由。
なるべく視線を上げないように、上げたとしても視界をぼやかすように、一点に集中しないように細心の注意を払う。
決して茜の顔を見つめてはいけない。
「じゃあ、うちの馬場も連れてくればよかったですね」
そういったら高田が一蹴した。
「あいつ、スマホのマンガしか読みませんよ」
「ええ? そうなの?」
思わぬ事実に上野は高田に顔を向けた。
「元も子もないなぁ」
がっかりしてつぶやく上野に、店長が苦笑いする。
「活字離れがいわれて久しいですからね」
上野は軽く息を吐いた。それはよく耳にするけれど。たしかに電車の中でも本を読んでいる人は少ない。とくに、朝の通勤電車ではほぼスマホ。なにを見ているのかと興味本位でちらりと横目でのぞいてみれば、ゲームかニュースかそれこそマンガ。たまに天気予報。
「高田くんはどうなの?」
担当の二人が本と無縁の人間だったら少々問題だ。
「ぼくはビジネス本オンリーですね。電子書籍がほとんどですけど」
ええー? 上野の表情が絶望的になる。
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