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そんなことを考えながら、氷水晶の表面に入ったひびに根気良くつるはしを打ち込み続けていると、突然一際甲高い音を立てて氷が真っ二つに割れた。
「割れたよ、レイ」
するとレイは「お疲れさん」と言って、厚手のコートのポケットから水筒を取り出して差し出してくれた。
お礼を言ってから口を付けると、中身は温かいお茶だった。白い湯気からふわっと優しい匂いがする。一口啜ると砂糖を入れていないのに仄かに甘い。
この味はスミレ茶だろうか。僕の好きな味だ。
「冷えるだろ。飲め」
「うん。……レイは?」
「俺はさっき飲んだからいい。残りはやる」
僕がお茶を飲んで休憩している間に、レイはてきぱきと僕と自分が割った氷を頑丈な布の袋に詰め入れた。
「よし、それじゃ帰るぞ。つるはし持ったか」
「うん。大丈夫」
そう言うとレイは当然のように氷水晶の入った布の袋と大きなつるはしを肩に担いだ。よっこらせという掛け声と同時にレイが短く息を詰めたのがわかった。随分重そうだ。
いくらレイが力持ちとはいえど、これを一人で背負いながら雪の降る山道を下るのはかなり大変だろう。
「僕も半分持つよ」
僕はそう言ったが、「いい」と短く突っぱねられた。袋を受け取ろうと伸ばした手が行き場を失ってぶらんと揺れる。
「えー、一人じゃ重くない? 大丈夫?」
「一人前の口利くじゃねえかガキンチョ。お前はせいぜいその辺ですっ転ばないように気を付けてろ」
僕のむっとした顔を見て、レイはからからと笑う。
レイはいつもそうだ。こうして僕が真剣に手伝おうとする度に、憎まれ口を叩いたり茶化したりして逃げてしまう。
僕ってそんなに頼りないかな。これがたった一回きりなら僕だって何にも気にしないけど、こうも毎度毎度だと、さすがに傷付くものがある。
僕だってレイの助手として旅に同行しているからには、レイの力になりたいんだけど。それとも、大人になると、子供に頼るのは恥ずかしいことなんだろうか。
そんなことを考えていると、先を歩き出していたレイがこちらを振り返って「フィロ」と僕の名前を呼んだ。
「何ぼーっとしてんだ。早くこい」
「はーい」
「山道では俺から離れんなっつったろ」
助けるどころか軽く叱られてしまい、僕は素直に反省しながら先を歩くレイのもとに駆け寄る。しかしその拍子に足が泥濘にはまってべちゃっと勢い良く顔から転んでしまった。雪混じりの泥が口に入り、慌ててペッと吐き出す。
「言ったそばから転ぶ奴があるかよ。大丈夫か?」
レイは僕のあまりの鈍臭さに呆れ果てたように、ため息混じりにそう言った。僕を見下ろす顔が苦く笑っている。
僕は泥の中でのたうつようにしながら、なんとか自力でその場から起き上がった。あーあ、僕ってかっこ悪い。
自分で自分にがっかりしながら、袖口で雪と泥まみれの顔を拭う。
するとレイが「しょうがねえな」とでも言うようなやれやれ顔で片手を差し出してきた。どうやら「もうお前が転ばないように掴んでてやるよ」という意味らしい。
濡れた手袋越しに、僕の二回り以上も大きい手を握る。
十三歳にもなって手を繋いで歩くなんて、子供みたいでちょっと恥ずかしいけれど、もう一回転ぶよりマシだ。
「テントに戻ったら、すぐ服についた泥流すぞ。時間が経つと染みになって取れなくなる。さすがにもう一着お前のコートを買う金はねえからな」
「うん。ってことは、僕の水術の出番?」
「まあ、そうだな。久しぶりにお手並み拝見といくか」
そんな会話をしながら、ちらちらと粉雪の降る山道を下っていると、遠目に見えてきた僕達のテントに、見覚えのない人影が佇んでいるのが見えた。
レイと同じ藍色の髪をした長身の男性だ。僕達の道具を勝手に使って焚き火を熾して暖まっている。
「レイ、人がいるよ。密猟者かな」
「いや、あれは俺の知り合いだ。あいつ、着けてきたな」
レイの眉間にわかりやすく不機嫌そうに皺が寄る。
そしてざくざくと雪を踏みしめながらテントまで大股で歩いていくと、いきなり男の人の目の前で舌打ちをした。
「ちょ、ちょっとレイ!」
手荒い歓迎を受けた男の人が僕らを見上げて笑う。
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