第一話

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「俺とレイメイはそれぞれ別の集落に住んでいたんだが、どっちも周囲との折り合いが悪くてね。俺のとこは、とにかく街へ出て出世しろってうるさかったんだよ。それこそ騎士団にでも腕利きの魔術師にでもなってくれってさ。でも俺は魔術も体術もからきし駄目でね。たばこ売りにでもなるって言ったら蹴っぽり出されてここまで来たのさ」 「へえ、アズマってたばこ売りだったんだ」  どうりで煙たいような不思議な匂いがするわけだ。 僕は心の中で納得しながらうんうんと頷く。 「そうさ。ここの宿代もいつもそれで支払わせてもらってんだ。なあレイメイ」 「まあな。でも、お前の前じゃ吸わねえから安心しろよ。だからお前も俺に隠れて吸ったりすんなよ」  レイは僕に向かって笑いながらそう言った。  たしかに、僕が内緒でたばこを吸ったなんて知ったら、診療所のおばさんは怒りのあまり倒れてしまいそうだ。 「それで、今日は何箱ご所望だい?」 「五箱。本当はダースで欲しいとこだがまけてやるよ」 「宿代にしちゃ高いなぁ。もうひとつ頼むよ」 「素泊まりで三箱。飯付きで二箱。これ以上は駄目だ」 「飯食ったあとに言うのは卑怯だろぉ……」  アズマは苦い顔で五箱をしぶしぶレイに手渡した。深い茶色の小さな箱が、かさりと紙の擦れ合う音を立てる。 「このたばこは俺らの故郷じゃよく吸われていてね。時折無性に懐かしくなるんだよ。だから同族にゃよく売れる。レイメイもそのクチさ」  僕はふうんと頷く。たしかに、亜人街にいる藍色の髪の人達はよくこういう紙巻きたばこを吸っている気がする。 「……しかしまあ、まさかお前が昔を懐かしむようになるとはなぁ。故郷から出てきたばかりのお前に言ったら、きっと卒倒するぜ。……坊ちゃんのおかげかね」 アズマはあぐらに頬杖をつきながら、チーズトーストを頬張る僕を眺めて懐かしそうに目を細めた。 「……お前のたばこの味を気に入ってるだけだ。俺はもうあそこに帰るつもりはねえよ」  レイは顔を顰めて吐き捨てるようにそう言った。焚き火の向こうを睨み付ける藍色の目はひどく険しい。 「……はは、そうかい。余計なことを言って悪かった」  アズマは目を伏せてどこか淋しそうに笑った。 「俺はもう寝る。フィロ、コートの泥落としとけよ」 「う、うん。おやすみレイ」  状況が読めずに黙ってチーズトーストを齧っていた僕は、その場の雰囲気に気圧されるように頷いた。 「明日も早いからな。あんまり夜更かしするなよ」 そう言うが早いかレイはテントに入っていってしまった。あとには空っぽになった木の器とお皿だけが残っている。 「……あらら、怒らせちまったかね」  アズマがテントの方を見ながら苦く笑う。  粉雪混じりの夜風に吹かれて、藍色の髪に編み込まれた色とりどりの装飾がしゃらりと音を立てて揺れた。 「大丈夫かなぁ」  僕もはらはらしながら同じくテントの方を見やる。  するとアズマは困ったように笑いながら僕の頭を撫でた。 「そう心配しなさんな。いつものことさ。あいつと故郷の話をするといつもこうなる。俺がいつも喋りすぎるせいだが……巻き込んですまなかったね」  アズマは懐からたばこの箱を取り出すと、慣れた仕草で一本引き抜く。そして火を点ける直前になって初めて僕の存在に気が付いたのか、一瞬迷った素振りを見せた。 「坊ちゃん、悪いが一本吸ってもいいかい」 「うん」  僕が頷くと、アズマはたばこの先端に火を点けて吸い、長々と灰色の煙を吐き出した。甘いような苦いような独特の匂いが鼻をつく。診療所のおばさんが大嫌いな匂いだ。 「……ねえ、なんでレイは怒ってたの?」  冷めたスープを啜りながら、僕は膝を抱えて呟いた。  するとアズマはうーんと難しい顔をして首をひねった。 僕は今日初めてアズマに出会ってから、答えづらい質問ばかりしている気がする。それを少し申し訳なく思った。
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