第一話

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第一話

「次で割れそうだ。見てろよ」  レイは僕に向かってそう呟くと、自分の体の半分ほどもある巨大なつるはしを高々と振り上げる。そして黒い岩壁から飛び出すようにして生えている、真四角の透明な塊に向かって勢い良く打ち込んだ。  透明な真四角の塊──氷水晶はキンと甲高い音を立てて真っ二つに割れ、僕達の足元に落っこちてきた。どすんと重たげな音を響かせて、氷水晶は雪原に横たわる。これはかなりの大物だ。ちょうど僕の両手をめいっぱい広げたくらいの大きさがある。  レイはふうと満足そうに深く息を吐くと、軽く額の汗を拭い、藍色の髪に薄く積もった粉雪を払い落とした。 「じゃ、これ小さく割っといてくれ」  足元の割れた氷水晶を指さしてそう言われ、僕は素直に「うん」と答えて自分の小さなつるはしを握る。  氷水晶の割り方。まずは真ん中にひびを入れ、あとはそこ目がけてひたすらつるはしを打ち込んでいく。  キン、キン、と短く硬質な音を立てて少しずつ氷水晶が割れていく。地道な作業だ。何度も何度もつるはしを振り下ろし続け、真ん中にうっすらとひびが入り始めた頃には、厚手の手袋の中の手が汗だくになっていた。  汗で滑ってつるはしが握りにくいからと、手首まである手袋を外そうとすると、またしても巨大な氷を割っている最中のレイがこっちを見ないまま「怪我するぞ」と短く注意してきた。  僕は「はーい」とのんびり答えて、大人しく手袋を付け直す。仕事中はレイの指示を守ること。それが旅に出るときに診療所のおばさんと約束した内容だった。  レイは野生動物のような鋭い目付きで真っ直ぐに氷水晶を見据え、一心不乱につるはしを打ち込み続ける。つるはしを一度振り下ろすごとにキーンと鼓膜を震わせるような音が響き渡り、こちらまで振動が伝わってくるようだ。  なんというか、レイのつるはしさばきは堂々としている。  僕が必死に腕の力だけで割ろうと悪戦苦闘している横で、レイは体中の力を上手く使って、どんなに大きな塊でも、あっという間に割ってしまうのだ。 その腰の入ったつるはしさばきが、巨人族であるレイの二メートルを軽く超える長身から放たれるのだから、近くで見るとなかなかの迫力だ。  かっこいいな、と憧れる気持ちはあるけれど、たとえ僕がもっと上手く氷が割れるようになったとしても、せいぜいレイのお腹のあたりまでしかない僕の身長では、とてもああは見えないだろう。ちょっぴり悔しい。 「ねえ、この氷水晶って『レキ』?」  僕は氷水晶を割る手を一旦止めてレイに話しかける。  するとレイはうーんと首をかしげて、どうだろうな、と言った。頭上に振り上げていたつるはしをゆっくり降ろす。 「俺は鑑定士じゃないからよく分からん。ただ、レキって呼ばれるほど質の良い氷水晶は珍しいからな。ここらは魔力の気配が薄いし、この辺の氷はたぶん違うんじゃねえか」  レイはそれだけ言うと、また氷水晶を割り始める。  天然の氷水晶は普通の氷に比べて栄養素や魔力が豊富に含まれていて格段に質が良いと言われている。その中でも、極めて質が良いものが特別にレキと呼ばれているそうだ。  栄養豊富なレキは飲み水にするのはもちろん、冒険者や騎士団が使う特別な霊薬の調合に欠かせず、そのため市場では高値で取引されているらしい。 僕達の今の仕事である氷削士も、巷ではレキ採りと呼ばれている。それほどレキは貴重で価値の高いものらしい。 「それにしても、氷削士ってタイクツだね。疲れるし」  僕がつるはしで氷を割る作業を再開しながらそう言うと、一拍置いて、「そうだな」とだけ返ってくる。  レイの返事はいつも短くて素っ気ない。でも僕が話しかける度にいちいち手を止めて必ず耳を傾けてくれる。 「この仕事が終わったら、次はどこ行くの?」 「次は地質調査だから俺一人で行く。お前は留守番だ」 「えー、つまんないの」  レイの仕事は便利屋だ。今は雇われで半月ほど氷削士の仕事をしているけれど、普段は手紙の配達から護衛任務、僕達が住む町の地質調査まで、色んな仕事をしている。  僕の仕事はその手伝いだ。もともとはここから少し離れた街の診療所で見習いをしていたのだけれど、今は訳あってレイについて各地を旅して巡っている。  日替わりで北から南へと飛び回る仕事は体力がいるし、仕事内容も毎回変わるから覚えることも多くて大変だけれど、こうしてレイと喋るのは楽しいし、仕事終わりに食べるご飯は美味しいしで、結構楽しくやっている。
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