第1話

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 見慣れない男子が立っていた。  耳につけたピアスや着崩した制服から、不良っぽい印象を受ける。  彼の浮かべた険しい表情は、怒っているゆえだろうか。  どこか驚きが入り混じっている。 「あの……?」  思わず声をかける。  どうしたのだろう。正直、何だか怖い。 「お前、無事だったのか」 「え?」  困惑した。  いったい何の話だろう。 「向坂(こうさか)くんだよね。何か用?」  首を傾げた理人が割って入り、一歩前に立つ。  向坂と呼ばれた彼は、一層厳しい顔つきで理人を睨みつけた。 「白々しいんだよ、クソ野郎。警察呼ぶぞ」  向坂くんが理人の胸ぐらを掴んだ。  理人は眉を寄せる。  私は突然のことにおろおろと狼狽えてしまう。 「落ち着いて。全然話が見えないよ」 「ふざけんな。とぼけんのもいい加減にしろよ! お前が花宮(はなみや)を────」 「ちょっと。どう考えても君の方が警察のお世話になりそうだけど」  向坂くんの凄みにも理人はまったく怯まず冷静そのものだった。 (ていうか、私の名前……)  なぜ、知っているのだろう。  私は彼を知らないはずなのに。 「そろそろ離してくれない?」  理人は困ったように笑って言った。  いつの間にか周囲に人だかりが出来ており、ざわめきの渦中にいた。 「…………」  向坂くんはばつが悪そうに舌打ちして理人を離す。  一瞬だけ私に目をやり、踵を返すと去っていった。 「だ、大丈夫?」 「うん、平気。菜乃こそ大丈夫? 怖かったよね」  襟を整えた理人はいつも通りの笑顔を湛える。 「私は全然……。あの、向坂くんって?」 「僕と同じクラス、向坂(じん)くん」  フルネームを聞けば、何となく聞き覚えがあるような気がした。  不良の問題児としてよく名前が上がるのだ。  そんな彼が、なぜ私のことを知っているのだろう。  “無事だったのか”という言葉も意味が分からない。  はっきりと私の名が呼ばれた以上、人違いというわけでもないのだろう。 「あまり気にしなくていいんじゃない? 行こうか」  理人は自身の言葉通り、深く気に留めていないようだ。  彼に促され、私も歩き出す。  気がかりではあるが、向坂くんに話しかける勇気はない。  1限の授業が始まると、窓の外を眺めつつぼんやりした。  不意に今朝見た夢を思い出す。 (嫌な……怖い夢だった)  漠然とそんな印象が残っている。  目を閉じると、断片的な欠片が不鮮明ながら蘇ってきた。 (苦しかったな……)  思わず首に手を添える。  ────誰かに、首を絞められて殺された。  そんな悪夢だった。  あれは誰だったんだろう。  黒い靄がかかっているようで、相手の顔がはっきりと見えない。
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