第2話

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 反射的に後ずさるも、すぐに捕まってしまった。 「来い」  昨日のように手を引かれ、教室から遠ざかるように階段の方へ連れて行かれる。 「ちょっと待ってよ……。やだ!」  渾身の力を込め、振り払った。  恐怖からか心臓がばくばくと早鐘を打つ。  精一杯彼を睨みつけた。 「何で私に構うの? 何がしたいの?」  怯えているのを必死で隠したが、情けなくも声が震えてしまう。 「……今、三澄は?」  彼は私の問いを完全に無視して尋ねてきた。 「そんなこと、向坂くんには関係な────」  思わず言葉が途切れる。はっと息を呑む。  向坂くんが手を掲げたのだ。  そこには、割れた鏡の破片があった。  驚いたように目を見張る私の顔が映っている。 「なに……」 「これに見覚えは?」  真剣な表情で問われるが、私にはそれが何なのかまったく分からない。  鏡の破片が何なのだろう。  私は首を左右に振る。 「お前が────」  向坂くんが一歩踏み込むと、鏡が窓からの光を反射した。  ぎら、と閃いた鋭い光に怯み、思わず瞑目する。自分自身を庇うように手を構える。  怖い。  夢で見た映像が、不意に脳裏を過ぎったのだ。  向坂くんに殺される。  あの夢はもしかしたら、そんな未来を予知したものだったのかもしれない。 「おい……」 「何してるの?」  唐突にそんな声がした。  はっと目を開け、振り向いた。 「理人……」  みるみる安心感が広がり、身体の強張りがほどけていく。  理人は向坂くんと私の間に立った。  昨日と同じような構図だ。  向坂くんは咄嗟に鏡の欠片を背に隠した。 「菜乃に近づかないで、って言ったよね」 「お前に従う義理はねぇよ」  彼は堂々と言い返すも、理人の余裕は崩れない。 「その方が身のためだと思うけどな、ストーカーくん」 「……あ?」 「昨日の帰り、僕たちをつけてたんでしょ。それで菜乃の家を特定して、近くにずっと潜んでた」  向坂くんは是とも否とも答えなかったが、その沈黙が肯定を意味していることは明白だった。  昨晩、窓から見た人影を思い出す。  あれは、幻でも妄想でもなかった。本当に向坂くんがいたんだ。 「……だったら?」 「ストーカーだって認めるんだ?」 「違ぇよ」 「じゃあ誤解されるような行動は控えた方がいいんじゃないかな。これ以上エスカレートするようなら、本当に警察に通報する」  さっと向坂くんの顔色が変わった。  とはいえ、普通であれば青ざめるのだろうが、彼は逆だった。  憤ったのだ。 「ふざけんな。どの口が言ってんだよ」 「どうもこうも、君の方が圧倒的に分が悪いよ。……“それ”も」  理人が向坂くんを指した。もとい、彼が隠し持っている鏡の欠片を。 「…………」  彼はそれを見下ろし、舌打ちした。  苛立ったように欠片を床に叩き付ける。パリン、と粉々に割れてしまった。  突然の行動に驚いて肩を跳ねさせながら、私はおののいて向坂くんを見やる。 「俺は諦めねぇからな。花宮がどう思おうと」  そう言い残し、彼は行ってしまった。  鏡の割れた音は思ったよりも大きく響いていたらしく、廊下は水を打ったように静まり返っていた。 「…………」  彼らの好奇の目が次第に逸れ、徐々にざわめきが戻ると、止まっていた時間が動き出す。 「どういう……」  呟いた声は掠れた。何だか喉がからからだ。  向坂くんの言葉は、どういう意味なの?  あの鏡の欠片が何だって言うの?  “諦めない”って、何を……?
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