優しい音に包まれて。

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優しい音に包まれて。

 私は20歳になった。 祖父母のお陰で傷は塞がったが、時々押し寄せる不安はどうすることもできなかった。  私の心は何がほしいのか、また何に満たされているのかもわからなかなった。   だから私は、動いた。 何が見つかるわけでもないのに、じっとしている事が怖かったのだ。 私は、高校を卒業後1年も浪人をして、大学に入学をした。  大学生活は楽しかった。 勉強はあまりせず、お金もないのに仲間とつるんで遊んでいた。  私とは違い、真面目に勉強をしてきた妹はこの春大学に入学し経営学を学んでいる。  私は将来何になりたいかなんてわからぬまま、 時間が永遠にあるような気がして毎日楽しいことを探して街を歩いていた。  そんなある日、いつもつるんでいる友人からホストクラブに行こうと、誘われた。  ホストクラブはお金がかかる事は、なんと無しに知っていたから、私は行くのを断った。 しかし誘ってくれた友人がお金は心配しなくて良いと言ったので、刺激のほしい私は行くことにした。    新宿駅はいつも混んでいる。右も左も人だらけ。 魚の群れみたいに移動していく人の波に私は身を委ねた。 新宿駅を出て歌舞伎町へ向かう。 私たちは、お目当ての店まで足早に歩いた。  道で声をかけられるたびに大学生の私達には怖く感じ、店に着くまでに疲れてしまった。  私たちは、ビルの4階までエレベーターで上がった。古いエレベーターは変な音がした。 4階に降りた私たちの目に飛び込んで来たものは、きらびやかな店の入口だった。受付で手続きを済ませた私たちは席に案内された。店のシステムを説明され、ホストが来た。皆それぞれきれいな顔をしていて、話も面白く私たちは、楽しんで帰った。  この経験は、私にとってただの遊びの一つだったから後に私がホストにまた出会うなんて思っていなかった。 私は大学を卒業して、中小企業の事務員として働いた。仕事は単純作業が多くやりがいはあまり感じない。給与も安いが私には居心地が良かった。  妹は今年有名企業で経理の仕事についた。 仕事は忙しいが、給与や待遇は私の勤めている会社より良く、なにより妹がやり甲斐を感じて働いている。  私と妹は長期の休みが取れる度に実家である祖父母の家に帰った。祖父母はいつも優しく私たちを迎えてくれた。 「ねえ、お姉ちゃん。今お父さんどうしているか知っている。」  突然、妹は私にそう聞いた。 「わからない。 だってあの人の連絡先なんて知らないもの。 お母さんが死ぬ前からあの人の連絡先はなかったのよ。帰りたい時に帰り、帰らない時はずっと家にいない。連絡すらよこさないじゃない。」 私は妹に言ってもしょうがないとわかりながらも 溢れる感情を抑える事ができなかった。 「お姉ちゃんはまだあの人のこと許せないの。」 「あなたは許せるの。」  妹は、冷たく笑っていた。 氷みたいに冷たい笑いだった。 私は、妹が少し怖いと思った。 「許せないわよ。私も。 許したことなんて一度もない。 今、あいつ一人暮らしをしている。 女も金も全てを失ったの。 惨めよ。本当に笑いが止まらない。」 妹はゆっくりと説明してくれた。  父は事務員との恋愛が終わったあとも、様々な女に手を出した。  キャバ嬢、スーパーの店員、居酒屋のバイトなど様々な女たちとの恋愛を楽しんでいた。  その女と父はバーで知りあった。 父はその日バーで呑んでいた。 仕事のストレスを解消するためだ。  父は、バーのカウンターにいた女が気になった。 その女は、カウンターの端に座り本を読みながらウィスキーを呑んでいた。  ゆるいパーマのかかったロングヘアをしていて、 唇は厚く、その唇には真っ赤なルージュをつけていた。     スタイルもよく自分に何が似合っているかを把握している。父は女に一目惚れした。 父は、女に近づいた。 女は父を受け入れた。二人は氷が溶けるように、 お互いの目を絡ませ心を絡ませていった。  バーで盛り上がった二人はそのままホテルへ行った。  付き合い始めた父と女はやがて結婚を意識するようになった。しかし意識していたのは、父だけで、女にとって結婚は最も仕事がしやすくなる手段でしかなかった。  父がプロポーズをすると女は了承した。 そしてさり気なく将来をかたり、父を言葉巧みに操った。もちろん騙されている父は気づかない。 女は不動産投資詐欺師だった。  騙された父はありもしない土地を買った。 しかもその土地の近くに引っ越しまでして。 買った土地は開発されると信じていた。  でも全ては幻だった。 金も女も地位も何もかも父は失った。 「お姉ちゃん、お父さんね。私たちに会いたがっているんだって。 私笑いが止まんないのよ。 苦しめば良いのよ。お母さんが苦しんだように。 そういえば、氷実死んだのよ。 悲惨な死。氷実の最後としては、最高な舞台よ。」 妹の冷たい笑みは更に深くなった。  氷実(ひみ)は父が別れを告げても拒否をした。 父は氷実が面倒になり、家ごと氷実を売りに出してしまう。そして自分は逃げた。  売られた氷実は、無一文になりやがて夜の街を彷徨うようになった。そして氷見は、男を渡り歩く生活をするようになった。  ある日クラブに遊びにいった氷実は大声を出したり、踊りながら人に当たったり迷惑な行動をしていた。  そんな氷実を連れの男性は捨てて帰ってしまう。 しかし氷見は気づかない。馬鹿みたいに踊り狂っていた。踊り続けて疲れたのか、酒を呑んだ。  その酒は、赤い色をしていて、ハートのラムネが溶けていくカクテルだった。   氷実は酒を呑んだ。  酒を飲み終えた氷実は、千鳥足でクラブを出た。 街はネオンがきれいで静かな夜だった。 氷実は静かな夜の中、蟹みたいに泡を口から出しながらその場に崩れ落ちた。  彼女の死体には鳥の糞が落ちてきた。 「鳥の糞が落ちてくるなんて。 あの女、舞台役者かしら。 タイミング良すぎる。最高よね。」  妹は説明し終わると、テレビを見ながら何もなかったように別の話題に移った。 私たちは何事もなかったように笑った。 いつもの幸せな日常だった。 しかし私の中のセンサーは、異常を感じていた。 父と氷実の不幸を演出したのは、妹ではないのか。 妹は昔から頭が良い。行動力もある子だ。  私は反応するセンサーのスイッチをオフにする。 妹には、何も聞かないでおこう。 悪いのは、父と氷実なのだから。
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