踊りだすメロディ。

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踊りだすメロディ。

意外と呆気ない。 私は仕事を辞めた。 何年も勤めた会社だから、辞めるのもたいへんかと思っていた。  しかし、事務的な手続きのみで簡単に解放された。簡単な仕事ゆえに引き継ぐこともあまりない。  私が仕事を辞める理由は、ハルトに会うためだ。 今の仕事では生きていくだけでお金がなくなる。 ハルトに会うために転職するのだ。 私は給与が高い営業の仕事に転職した。 営業と言っても内勤だから雨風など関係ない。  私は会社で一生懸命働いた。 中々契約は取れなかったが、給与があがった分生活が楽になった。節約しお金を貯金した。 少しずつ増やしたお金を持ってハルトに会いに行く。私の心を満たしてくれるハルトに。 ビルのエレベーターで4階に行き、受付をすませ席でハルトを待つ。ハルトは、別の席で接客中だ。 ハルトが別の席で接客をしている間、別のホストが私の席で接客をしてくれた。優しくしてくれるし、接客態度も良いが私の心は満たされない。  ハルトに来てほしい。  30分くらい待った頃ようやくハルトが現れた。 私はハルトに会いたかったと伝えると、笑顔で私の頭をなでてくれた。 私の心はそれだけで満たされていく。 私は楽しんだ。 ハルトとは、少しの時間しか会話ができなかったが、会えたことだけでも嬉しかった。 私は、お金を貯めてハルト。会いにいった。 高いお金を出さなくても、入店はできると知ったからだ。  キャバ嬢の友人に頼んでお金のないときは連れて行ってもらうこともあった。  ハルトはいっぱいお金を使うと、私にたくさん優しくしてくれる。  お金を使えば幸せになれる。 ハルトのために。ハルトが一番になるために。  幸せだった。生きていることが楽しかった。  もっとお金が欲しい。たくさんのお金をハルトのために使いたい。  私は、仕事を増やした。 風俗で働き始めたのだ。昼の仕事と夜の仕事で働きお金が貯まるとハルトに会いに行く。  私は寝ずに食べずに働く自分に満足していた。  生きている。 充実していてキラキラ輝く舞台で踊っているみたいだった。私はハルトがいれば何でもできるのだ。  順調だった私の生活は、しばらくするとまたバランスを崩した。働き過ぎた私の身体は壊れてしまったのだ。通勤電車の車内で目の前が真っ暗になり、倒れ救急車で搬送されたのだ。  心配した家族は私を実家に連れて行った。  私はしばらく実家で暮らす事になった。  実家の暮らしは安心できたし幸せだった。 心も身体も落ち着きを取り戻していく。 私の全てが落ち着きを取り戻すたびに、私の生きる威力は衰退していった。  私は何のために生きているのだろう。 母は死ぬとき何を思ったのだろうか。  ある日私はテレビを見ていた。 テレビには、歌舞伎町が映し出されていた。  歌舞伎町の独特の空気、人の流れ。 私の心は目を覚ました。 歌舞伎町に行かなければならない。 ハルトに会わなければ。  私は家族に黙って実家を抜け出した。 もう貯金も30万くらいしかなかったが、とにかく今逃げなくてはならないと私は思った。  私は東京に戻った。 久々の東京は人が多くたくさんの熱と匂いを感じた。私は、今日の宿を探した。 近くの漫画喫茶を利用することにした。 私は漫画喫茶でしばらく暮らすことにした。 シャワーも飲み物もあるし何不自由なく暮らせる。 私は風俗の求人を探した。 そして面接を受けに行き、また風俗で働く道を選んだ。私には、早くお金を手に入れる手段がこれしかわからなかったからだ。 私はまた節約をしながらお金を貯めた。 我慢できる日には、漫画喫茶のジュースだけで一食をすませることもあった。 ハルトに会いたい。 私はお金が貯まるとハルトに会いに行った。 ハルトは、私を褒めてくれた。 「よく頑張ったね。」と、私の頭をなでてくれる。 いつも優しいハルトは私の希望だった。 もう私に戻る場所などない。 私はハルト以外見えなくなってしまった。 新幹線みたいなスピードでハルトという駅に向かい走って行く。  でも頭の奥底ではわかっていたに違いない。 ハルトは、仕事をしているだけだと言うことを。 私は目を閉じていた。見えなければ何も感じない。 見えなければ、傷つかない。 私の幼い時の経験が教えてくれる。 見えなければ、前に進めると。 私の孤独な日々はしばらく続いた。 孤独は寂しくない。 静かな海でぷかぷかと浮きながら星を見ているような心地よさがある。 雨が続く季節だっただろうか。 私の孤独な生活に変化をもたらす友人ができたのは。  名前は峰子といった。  私は相変わらずホストクラブに行っていてその日もホストクラブで遊び、今では自宅となったホストクラブに帰ろうとビルを出ると大雨が降っていた。漫画喫茶まで濡れて歩くのも嫌だなと私は考えて、出口でぼんやりとしていた。 雨宿りをしている私に、峰子は話しけてきた。 「雨ひどいね。」 私は無視していた。 「ねえって。あんた、ハルトの客でしょう。  もしよかったら、ハルトについて話さない。 大雨だしタクシー呼ぶから私の家に行かない。」 勝手な女だと思ったが、用事も無いし、何より雨に濡れるのが嫌だった私は一緒に峰子の家に行くことにした。  峰子の家は、新宿にあるタワーマンションの47階だった。シャンデリアがあるエントランスがあり、大理石の床や、住民専用のフィットネスジムや、バーなどがあるマンションだった。  峰子の部屋は4LDK。 雨じゃなきゃ夜景もきれいなのだろうと思った。  峰子とお酒を飲みながら話をした。 こんな贅沢な生活をしている峰子と私に共通点なんてないと思っていたのだが、私と峰子は似ていた。  峰子も心が枯渇しているのだ。 峰子は、私みたいな複雑な家庭に育ったわけではない。  何でもできる人できれいで頭もよくみんなに愛される人だ。峰子の事がうらやましいと友人から言われても峰子は全く嬉しくなかった。 何でもでき、見た目が良くても本当に自分が欲しい物が何かわからない事がつらい。  つらいことを話しても峰子の気持ちをわかってくれる人はいない。  峰子は私とは別の理由で生きる希望を失っていた。心の枯渇とともに。  そして生きる希望が無くなりハルトのいるホストクラブに通っている。  峰子の職業は売春婦だ。このマンションも新宿の公園で出会った男性からのプレゼントらしい。  お金もたくさん男性から貢がれていながら何故売春婦をやるかといえば、満たされない自分を満たすためだという。 私たちは、良く遊ぶようになった。 昼会うときもあれば、夜会うときもある。  ハルトについての喧嘩はしない。 これがふたりのルールで、裏切られても二人は許し友人でいると決めた。 峰子はどう考えているかわからないが、私は裏切らない。  ホストクラブでは、お互いひとりひとりで席につく事が多かった。イベント以外は二人ともお互いの邪魔はせずハルトを独占する。 ちょうど良い距離感が心地よかった。  峰子と出会って1年、またひとつ歳をとった私のスマホに峰子から着信があった。 私はいつも通り電話に出た。  しかし相手は峰子ではなく峰子のマンションの持ち主の男からだった。  男は峰子から手紙を預かっているから取りに来て欲しいと言った。 私は怖いから行かないとハッキリ自分の意思を告げ通わを終わろうとした。男は、私を止めた。 男は峰子が死んだと言った。 峰子は、ビルの5階から飛び降りたのだ。 遺書を男に残して。その遺書と別に私への手紙も書いていたのだ。 私は峰子の自宅のタワーマンションに行った。 そこで男から手紙を受け取った。 私は峰子が死んだことを理解できなかった。 遺体は峰子のご両親のもとにあるらしい。  ただ私の前にはもう現れないと言うことだけは、この部屋の冷たい空気を通じてわかってた。 私は峰子の手紙を読まずにバッグにしまった。  そして目の前にいる男にキスをした。  最初は驚いた表情だった男も、私を受け入れ長いキスをした。そして二人はベッドに行き何度も何度も結ばれた。   ただ峰子を失った悲しみを忘れたいが為に。  私は峰子の事が大好きだった。 峰子と私は似ているのだ。 だからお互いの事がよくわかる。 きっと、血の繋がりを超えた何かで結ばれていたのだ。だから私には、峰子がどうして死んだのか痛いほどわかる。  
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