不協和音。

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不協和音。

私のエネルギーは空高く舞い上がった。 マグマのように赤い炎をあげて。 私は自分の姿を鏡で見た。 しばらく見ていなかった私の顔は、老婆みたいだった。  髪の毛はボサボサで艶をなくしていたし、泣き腫らした瞼はお岩さんのように膨れ上がっていた。 私はお風呂に入ったのがいつなのかも、ご飯は食べたのかも、今が昼か夜かもわからなかった。  このタワーマンションは景色が良いはずだ。 はじめて峰子にあったあの日、二人で夜景がみたいと峰子に話したのは、私ではないか。  全て忘れていた。 私はまず風呂に入った。 身体を隅々まで洗い、湯船でマッサージをした。 身体から不要なものが出ていく気がした。 私には、得体のしれないエネルギーのみが残されていく。 風呂上がりに化粧水を塗り、久々に化粧をした。 部屋着を脱ぎ捨て、お気に入りの服に着替えた私は悲しみに泣いていた私ではない。  今日は晴れていた。窓からの眺めは最高だった。 東京に詰め込まれている人間は何人いるのだろうか。  そして何を考え何を楽しみ、何に悩んで生きているのだろうか。  ミニカーみたいに規則正しく走る車は一体何処に行くのだろうか。私は知らないことがたくさんある。みんなは知っているのだろうか。 私は、地上に降りた。 地上の風は気持ち良かった。もう夏で暑い季節だが暑ささえ心地よい。  私は散歩に出た。汗が吹き出して、私は倒れてしまいそうだ。太陽はこんなに眩しかったかしら。 私はどれだけの時間太陽も浴びず、かたい箱の中で 暮らしていたのだろうか。 私は今まで停止していた様々なことをしたいと考えた。美容院や、ネイルに、服を買った。 お金を使うのは楽しい。 心から外の世界を満喫した。  私は今日ハルトに会いに行く。  私は歌舞伎町へ向かった。  私はこの街が大好きだ。 ハルトのいるホストクラブは、何も変わっていなかった。誰もが私に親切で誰もが私の渇きを癒やしてくれる。  ハルトは私の席につくと優しく微笑んだ。 「お帰りお姫様。」  私は胸がいっぱいになった。 嬉しいのか、悔しいのか、悲しいのか。 わからない怒りが私の満たされない心から溢れてくる。 私はハルトに今日時間を作って欲しいと頼んだ。 最初は嫌がっていたが.峰子の事だとわかると了承した。  ハルトとの待ち合わせ場所は、店の近くにある喫茶店だった。私は、コーヒーを頼みハルトが来るのを待った。ハルトは、待ち合わせ時間を30分遅刻してきた。  私を見るなりつかつかと、歩いて来て席に着いた。 「で、何。」 店で会う時とは違った。優しくもないし、心地よくもない。ハルトは、タバコに火をつけて、コーヒーを飲む。 「峰子が死んだのは知ってるよね。」 「あのさ、峰子って誰なの。」 「私とよく一緒に遊んでいた子よ。」 「アイツは、ゆかりだよ。藤堂ゆかり。 アイツがどうしたんだよ。」 「峰子が死んだこと、知っていた。」 ハルトは、タバコを吸う。 「きっと原因は、俺の妹だろう。」 私は峰子の手紙の内容を話した。 ハルトは、私の話を聞いていた。 やがてタバコの煙を天井に吐き出すと、私をまっすぐに見た。 「お前は俺に何をして欲しいんだ。」 「何も。」 「だったら俺は帰る。」 「待って。あなたに聞きたいの。 おかしいと思うかもしれないけれど私と峰子は似ていたの。外見とか頭の中身は全く違うけど、心は一緒。  峰子が死んでから、私はずっと疑問に思っていたの。何故あなたたち兄弟は峰子に冷たくしたのか。 あなたの妹はまだわかる。思い出の中にいた女が現れしかもとんでもない告白をしてくれば誰だって驚くし、素の感情を吐き出してもおかしくないわ。 だけどあなたが冷たくする理由は何。 峰子はあなたに尽くすことはあっても、あなたを苦しめることはなかったと思う。」 私は峰子の手紙に入っていた、ネックレスをハルトに見せた。手紙の封筒の中をよく見たらおもちゃみたいなネックレスが入っていたのだ。 「これは、何かわかるかしら。私には何かわかんない。でもなんとなくあなたに渡さなくてはならない気がしたの。」  ハルトはネックレスを手に取りしばらく眺めていた。そして私を見て言った。 「あんたこれから俺が話す事を誰にも言わないと約束できるか。俺はまだまだ有名になりたい。 だからあんたに邪魔をされては困る。 邪魔を一切しないと約束できるなら話す。」 私は、メモ帳をバッグから取り出して、念書を書いてハルトに渡した。 ハルトはタバコを吸い天井を見上げた。 そしてゆっくりと私の目を見た。  「まず、俺たちがゆかりの住んでいた街を離れた理由は、親父の会社が潰れたからだ。 理由はわからないが、親父は毎日事業の清算をしていたし暮らしも変わるということだけは俺にも理解ができた。  俺たちは海のある街に移り住んだ。  俺は幸せだったよ。都会にいるよりも自然で遊ぶ方が俺にはあっていたみたいだ。中学生だというのに、海を駆け回っていた。 俺以外の家族は楽しくなかったようだ。 まず親父は家族に迷惑をかけたことを何処か気にしていて俺たちによそよそしい態度になっていた。  母さんは田舎な大嫌いだから、毎日イライラしていた。 二人以上に問題だったのは、妹だ。 妹は、田舎に引っ越したが故に病気を悪化させた。  近くの病院では治療は難しいが遠くに行くには金がなかった。妹は、静かに自分の病気と向き合い、母さんみたいにイライラと人に当たることもなかった。  やがて両親は離婚をした。俺は親父についていき、二人で土木の仕事をやって生計を建てていた。 忙しい生活だったが、俺も親父も満足していた。  母さんは、親父と離婚してすぐに別の男と再婚した。妹は母についていった。 妹は母の家庭で人生を狂わせてしまったんだよ。 妹は新しい父親に虐待を受けてしまった。  母の再婚後すぐに妹は、手術をして身体が回復していった。母は喜んだ。俺たちも。  俺がホストをはじめて2年くらい経った頃、妹が裸足で俺と親父の住むマンションを訪ねてきた。 びっくりした俺と親父は妹を家の中に入れた。 俺と親父が妹にどうしたのか、聞くと妹は、泣き出した。泣きながら、少しずつ話しだしたんだ。 新しい父親に虐待されていることを。  親父も俺も、妹にひどいことをした男も母さんも許せなかった。あいつらの住む場所に行き復讐をしようと思った。 だけど、妹は僕らを止めた。 そばにいてほしいと言った。 俺も親父も行くのを辞めたが、まだ復讐を諦めたわけじゃない。  妹の話では、最初は良い家族だったという。 毎日が楽しくて、男も優しかったらしい。  ある日妹がテレビを見ていた時、妹の隣に座った父親は妹の胸を触ったり、スカートに手を入れてきたらしい。  妹は、やめてと言った。冗談だと思ったらしい。 その時、父親は妹の耳元でささやいたらしい。 「お前が生きてられるのは、俺のおかげだ。 お前は一生俺のために働くんだよ。」  妹は怖くて声も出せなかった。 それからは頻繁に虐待を繰り返したそうだ。 母がいないときはずっとベッドで裸でいたらしい。  妹が言うには、母さんも気づいていたが何も言わず、気づかないふりをしていたらしい。  妹が俺たちの前に現れたのは死のうと思い最後の別れをしに来たそうだ。  妹は、俺らの家で生活することになった。 一応母には連絡をしたが、妹がこちらで暮らすことを反対することもなく了承した。 妹はこちらで生活するようになり、徐々にではあるが心が落ち着いて、そして出会った男と結婚を前提に付きあえるまでに回復した。 妹が回復してきたときに、ゆかりは俺に出会った。  ゆかりは昔と変わらなかったよ。地味にしてたってゆかりにはスポットライトが必ず当たってる。 その日もすぐに分かった。  俺はゆかりの妹に対する気持ちを聞いた時、 ゆかりらしいと思った。 やっぱり、ゆかりは主人公なのだ。  少なくても俺にとってはね。  俺が何故ゆかりにひどい態度で接したかを知りたいんだったね。 俺はゆかりが好きだからだよ。  妹はもうゆかりの知っている世界から飛び出していたんだ。やっと幸せを掴んだ。 だから、ゆかりには会いたくなかったはずだよ。 ゆかりは思い出の中の人間だ。また、現実に現れてはいけない人間。ミスキャストだ。 俺はゆかりが傷つく姿を見たくないから、ゆかりにひどい態度を取り妹から遠ざけていた。  ゆかりを抱いた理由は、俺がゆかりを好きだからだ。  俺はゆかりが好きだから、ゆかりが妹に会えず苦しむ姿がつらくなり妹に会わせた。  俺は後悔してる。 ゆかりを殺したのは俺だ。 このネックレスは、俺が小学生の時にゆかりにプレゼントしたものだ。アイツまだ持っていたんだな。」 そこまで言うと、ハルトは泣いた。 ハルトは、ハルトなりに苦しんでいたのだ。  私はハルトの手を握った。  私とハルトはキスをした。 悲しみが同化したキスは何処か甘く、私たちの心を燃え上がらせた。  私とハルトは、その夜結ばれた。 何度も何度も。 私は悲しくなると男に抱かれる癖があるみたいだ。 抱かれたからといって私も相手も満たされない。 わかっているのに、わかっている自分が嫌でまた結ばれる。 私は歪んでいく。ハルトは私を愛していると思う。 だって私たちは結ばれたのだから。  私はまたホストクラブ通いを始めた。 住む場所をくれた男に悪くて風俗で働きながら貯めたお金をハルトに貢いだ。  ハルトをナンバー1にできるのは、私しかいない。 ハルトもわかっているはずだ。 私は峰子と瓜二つなのだ。 だからハルトにも愛されている。 もっとハルトにお金を使わなくてはならない。  ハルトは、私に優しくしてくれた。 喫茶店での態度はその後は一切私に見せない。 ハルトもやっとわかってくれたんだわ。 あと何回寝たら私たちは結婚できるのかしら。  私はハルトという海に沈んでいった。 もがけばもがくほど深い海に飲み込まれることなんてわかっているくせに。 自分でも何をしているのかよく分からなかった。 仕事で相手をした男も、道ですれ違う男も皆ハルトに見える事があった。  私は24時間ハルトの事を考えていた。 やがて私の身体は壊れていった。 眠れなくなり、摂食障害でブクブクと太った。 それでもハルトを追いかけて、ホストクラブに通ったのだ。  私は父と同じだ。 男を追いかけ、地獄に落ちてゆく。  ある噂が歌舞伎町の街を流れた。 ハルトのいるホストクラブが新店舗を出すという情報だ。そして、新店舗の代表はハルトだという。  私は遂に待ち望んでいた日が近づいたと感じた。 ハルトは新店舗を出せる実力を認められたのだ。 私の長年の思いは通じたのだ。 「峰子、聞いてる。 私たちはハルトの夢を叶えたのよ。  きっと私はハルトと結ばれるわ。 新店舗出店のイベントで、ハルトは私との結婚を発表するのよ。    私は白いドレスを着て、ハルトはタキシードを着て。シャンパンタワーの前で沢山の人に祝ってもらえるの。  ホストたちのオールコールとともにね。」  私の頭の中に、幼い頃聞いていたオルゴールの音が流れていた。曲名は分からないが心地よい音だ。  私はハルトとのこれからを想像しているだけで幸せだった。子供は3人欲しいとか、タワーマンションに住みたいとか、いっぱい考えた。  考えるだけじゃ物足りないときは、実際に不動産を見に行ったり、ドレスを試着しに店に行ったりした。  もう現実なのか、夢なのかわからない。  「ハルト。私を見て。ハルト。ハルト。」  バクは夢を食べてくれると言う。 このとき、私の夢を食べてくれくれていたら 私は事件を起こさなかったのだろうか。  たぶん、どの道を進もうと私は事件を起こしていたに違いない。 私の枯渇した心の行き先は もう何処にもないのだから。  
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