やがて静かに幕を閉じる。

1/1
前へ
/7ページ
次へ

やがて静かに幕を閉じる。

 私の日常は、また壊れていった。 私がおかしくなり始めたことを知ったマンションのオーナーの男は私を捨てた。 ある日私が外出から戻ると鍵が開かなかった。  ドアノブに、私宛の手紙が袋に入って吊るされていた。私は手紙を読んだ。 怒りと悲しみで座りこんでしまった。 私の荷物と峰子の荷物は、トランクルームに移されていた。1年時間をやるから処分しろと書かれていたのだ。   私はゴミみたいに処分されたのだ。  本当のゴミはきちんと焼いてもらえ、再生可能なものは再利用される。 しかしゴミみたいな人間である私はどうやって処分されるのだろうか。  集積場でゴミ袋に入っていたら収集車が運んでくれるのだろうか。    私はゴミ袋を持ってトランクルームに行った。 トランクルームは、広く私はそこで寝た。 峰子と私の思い出とともに。  翌朝、トランクルームにあるものを処分した。 幸いなことにこのトランクルームには、ゴミ集積場があり、夜に集積してくれる仕組みになっていた。 私は少しずつゴミを処分した。 ゴミ集積場に往復しながらあることに気づいたのだ。 ここで生活をしている人がいるということだ。  少なくとも、一人は確実に生活をしている。 私はその人と会話をして知ったのだ。  その人はヤマサンと名乗った。 ヤマサンは、定年退職後にこのトランクルーム生活を始めたらしい。現在は猫のミケと暮らしていると言う。  ヤマサンには、仲間がいて私に今晩仲間を紹介してくれると言った。 私は、夕方まで片付けをした。  荷物は以外にたくさんあったが、少しまとまりスッキリしてきた。  夕方ヤマサンの部屋を訪ねたら、3人の男性がいた。 ひとりはカエルさんと言った。カエルさんは、ご家族から勘当されて帰る場所を無くしたからカエルさんと言うらしい。 現在はデザイン事務所で働いていると言う。 もうひとりは、夢見さんだ。 夢見さんは、役者の卵だ。しかし芽が出なく貧乏だからここで生活をしている。 「あんたはこれからどうするの。」 「わからない。私荷物と一緒に捨てられたから。」  私はヤマサンたちに事情を話した。 ヤマサンたちはそれぞれ考えた。 「だったら、しばらくここで暮らしてみてはどうかな。 俺らみたいに何年もここにいるのは良くないけど、身体が休める必要があなたにはあるようだ。 顔色も悪いし、あんたは疲れているみたいだ。」 私は疲れているのだろうか。 ハルトのことばかり考えているから、わかんなくなってしまった。 私はヤマサンの言うようにここで生活することにした。生活費は、手切金の300万があったし、風俗で働らけば十分生活できた。  ここの生活は、楽しかった。 ヤマサンたちは優しく、時々皆で食事会をする生活は私の心を少しだけ落ち着かせた。 ハルトはいよいよ店を持つ。 プレオープンまであと3か月だ。 私のゴールはもうすぐだ。  私はハルトのために自分磨きをした。 ハルトに会えない日々は辛かったが、ゴールの日にはステキなドレスを着るのだ。  トランクルーム生活をして1ヶ月が経ったある日、私はいつものように食事会に参加した。 どうもここでの生活が警察にバレたらしい。  皆逃げなくてはならない日が来ているようだった。 私たちは、これからどうするかを考えた。  しばらくするとヤマサンは使っていない倉庫を見つけてきたと言った。皆そこに移動することになった。  私たちの奇妙な生活は継続されていった。 ハルトの店のプレオープン日まで1ヶ月となった。 もう私のゴールは近いはずだ。 しかしハルトからは連絡がない。 マリッジブルーなのかしら。  私は一日に何度もハルトに連絡をした。 しかし連絡は全くなく、イライラする自分心を整理できなくなっていった。  私はヤマサンたちとの食事会で自分の心について相談した。ヤマサンたちは真剣に聞いてくれた。 「ねぇ、皆私を抱いてくれる。私さみしいのよ。」 私は服を脱ぎ裸になった。  私はまた悲しみを紛らわすためにだけ人の体温を感じた。こんなことになんの意味があるというのだ。 ハルトが欲しい。ハルトが欲しい。  ハルトが遠ざかるに連れて、倉庫仲間たちの体温を感じることが増えていった。  プレオープン当日、私は白のドレスを着てハルトの店に行った。しかし今日は完全予約制だから入れないと言われた。  私が入れないはずはない。 私はハルトの婚約者なんだから。  私は受付で暴れた。 私は、内勤スタッフ3人に抱えられて歌舞伎町の街に放り出された。 「お客様またのご来店の時は、お気をつけてくださいませ。また騒ぎを起こしますと、当店へのご来店は難しくなります。」  白のドレスは歌舞伎町の汚れた空気で真っ黒になった。私は悔しくて悔しくて、涙を流しながら帰宅した。  私は勘違いしていたのだろうか。 私は痛い目にあったというのに尚も、お客としてハルトの店に通い続けた。 マネジメントが主な仕事となったハルトは、接客をする時間が減った。私は避けれているのだろうか。  不安は募っていった。  不安に比例して私は店に通った。  もうだめかもと思い始めたのは、会えない日が10回を超えたあたりからだ。 私は何とかしたくて毎日店の外で待った。  夜の遅い時間に雨が降っていても待った。 最初は、私を見るなり、軽蔑したり、罵ったりと反応をしめしていたが、やがて反応は無くなり私は道端に落ちている空き缶のような扱いを受けた。  私の心はぺちゃんこに潰れた。 私はとうとう探偵に頼みハルトの住まいを探った。 私が動けば今度こそ悪い方向に行くことはわかっていたからだ。  探偵は呆気なく、場所を特定してきた。 私は何とか潜入しようとあれや、これやと考えた。 その時、マンション管理会社があることを思い出した。物件情報を検索し、不動産屋さんに行き管理会社の情報を引き出した。 私は管理会社に連絡をして清掃の求人に応募した。 見事に採用された私は一生懸命働き信頼を気づいた。ハルトに近づくために。  何で婚約者である私がこんな思いをしなくてはならないのだ。納得がいかない。 私は目立たぬよう気をつけ、真面目に働き続けた。  ある日、私にチャンスが巡ってきた。  ハルトが出前を受け取るため玄関を開けたのだ。 私はゆっくり近づき、ハルトの部屋に滑り込んだのだ。 「お前、何してんだよ。  出てけ。警察呼ぶぞ。」 すごい剣幕で怒り出したハルトにびっくりしたが、私はハルトにキスをし、玄関をあとにした。  仕事はこの日で解雇となった。 でも私の気持ちは潤った。 久しぶりに生きていると思えた。  私はそれからハルトを追いかけ続けた。 ヤマサンたちは変わりゆく私をとても心配していた。 もうやめた方が良いと何度も助言してくれた。 だが私は聞かなかった。  私の耳に聞こえるのはハルトの声で、私の目に映るのはハルトの姿だ。 私はハルト以外の情報は全て頭の中から無くした。 今日のハルトは、青いスーツを着ていた。 あまり調子が良くないのだろう。 このスーツは、はじめてナンバー1になった時に着ていたものだ。 今日は女性をエスコートしていた。 いつもの夜景が見えるコースに行くのかしら。 私が行く予定だったのに。 今日は幹部会。グループの偉い人と話しているのかな。緊張しないと良いんだけど。 今日月曜だから休日だ。 後輩とYou Tube撮影で、新橋だ。 格好良くとれるかな。 私服も素敵だ。  私はハルトについて日記を書いた。 負けそうになる自分に少しでも勝つように、今日の事を書き綴る。  私はもうボロボロだ。 身体も心も全て壊れている。 もう這い上がろうとは思わない。   あとどのくらい待てばハルトは私に振り向いてくれるのだろう。ウエディングドレスの注文間に合うかしら。 ある日、私にメールが届いた。妹からだった。  父が亡くなったことを伝えてくれた。 それから私に会いたいと。 私は家族には会わないと決めていた。 しかし人の優しさが欲しかった。 私は妹に会いたいと思った。 私は新宿にある公園で妹に会うことにした。 ハルトに近い距離だし、お金もあまりないから公園で話そうと思ったのだ。 私は約束の時間を30分過ぎてから公園に向った。 妹は、当たり前だが歳をとっていた。 私は来年40歳になるのだ。  「お姉ちゃんなの。」 妹は変わり果てた私の事がわからなかったようだ。 すごく驚いていた。  そして、泣きながら私の手を握った。  私たちは、近くのレストランに行った。 個室があるのでゆっくり話せると妹は言った。 私はお金がないと言うと何も心配しなくて良いと言った。  妹は結婚して子どもがいるらしい。 まだ幼く手がかかると幸せそうに話してくれた。 旦那さんは、公務員で妹は地方都市に住んでいるという。  どうして私はこうなったのだろうか。 今頃幸せな家庭を作っていたはずだ。 私にも夢があった。大きな庭で犬を飼う。 家族でバーベキューをしたり、花壇をつくったり。 家庭菜園にも憧れていた。 なのに、今の私は何をやっているのだ。  もし仮に、うちが普通の家庭で家族が仲良しだったら、私は今の生活をしていなかったのだろうか。 たぶん今の生活をしていたに違いない。  だって妹はしっかりと幸せを掴んでいるではないか。私は幸せを掴めていない。私のような人間は 幸せになれないのかもしれない。  せめてハルトには愛されたい。 私の幸せはハルトだ。ハルト以外はない。 「お姉ちゃん、今何処に住んでるの。仕事は。」  妹は、私にたくさん質問をした。 私は素直に答えた。ハルトの事以外は。 妹は最後に私に言った。 「お姉ちゃん、戻っておいで。私待ってるから。」 妹と別れた私はまたハルトを尾行した。 しかし今日は男たちに囲まれてしまった。  私は男たちに囲まれ、ハルトに近づくなと言われ脅された。怖かったが私は負けない。 私は男たちから逃げた。警察に入るふりをして男たちを振り切ってヤマサンたちのいる倉庫へ向った。  私は身支度を済ませ、ヤマサンに置き手紙を置いて長くお世話になった倉庫から姿を消した。  いつの頃からか、夕飯を皆で食べなくなっちゃったな。最後に食べたかった。 私は近くの公園のベンチで寝ることにした。 とうとう私は住む場所もなくしてしまった。 もう後ろは振り向かない。  私は明日こそハルトと結婚する。 翌朝私はドレスを着てメイクをした。 痩せこけた私の身体にはドレスは合わなくなっていたけれどハルトのためにきれいにした。  私は荷物を持ち、ハルトの住んでいるマンションに向った。ハルトは、引っ越しをしたが、引っ越し先も私は知っている。  一度も入ったことのないマンションでハルトの出勤時間を待った。ハルトは、17時には家を出る。17時まであと10分。1時間にも1日にも感じる時間だった。 とうとう私の前にハルトは現れた。 緑のスーツがよく似合う。 私ったら白のドレスなんか着て。 緑のハルトに合わないじゃないの。  「ハルト。」 私は久々に声をかけた。 「ハルト。」 「いい加減にしてくれ。 お前はどうしても諦められないようだからいうが、俺とお前は元客とホストで、今はストーカーと被害者の関係だ。」  ハルトのまっすぐな眼差しは昔とちっとも変わっていない。 「私は、ゆかりなのよ。ハルト。 いい加減にしなくてはならないのは、ハルトの方よ。 私ずっとハルトのプロポーズ待ってたのに。  何で結婚してくれないの。  でも今日こそは逃げてはダメ。 あなたはゆかりにそっくりな私と結婚するのが怖くなってしまっただけなのよ。」  ハルトは笑った。  大きな声で。 やがて笑い終わったハルトは私に近づいて囁いた。 「お前はゆかりではない。お前みたいなブスはゴミだ。ゴミと俺は結婚しない。ゴミはゴミと結婚すれば良い。」  そう言いハルトは私に背を向けて歩き出した。  私は今日死んだ。 ハルトと結婚できないなんて、死を意味する。  私はハルトを後ろから追いかけ、ハルトの前に立った。ハルトは迷惑そうな顔で私を見た。  ハルトが私を無視して再び歩き出そうとしたとき、私はハルトに飛びこんでいた。  頭の中で曲が流れていた。 ゆっくりとしたテンポの曲で、美しい曲だ。 オルゴールの曲だ。題名は何かしら。  私は今、歩道の隅に座っている。 目の前には、濃いグリーンのスーツを着た男性が 寝ている。 真っ赤な血の海の中で。  今私の頭の中では、音楽とともに記憶がたくさん溢れ出してきている。周りの動きについていけないのは、自分だけだ。  私は誰かに話しかけられた。 だけど誰だか認識できなくて、ハルトをずっと見ていた。警察が私の手を手錠でつなぐ。  シンデレラみたいにお城に行ければ良いのに。 美しい曲がせっかく頭の中で流れていると言うのに。  私の行く場所は、冷たい牢獄か、地獄だ。  
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加