1.思わぬ贈り物

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1.思わぬ贈り物

 目の前にそびえ立つ3階建ての建物、茶座荘(さくらそう)。  久々に訪れたこの場所は、主を失ってすっかり荒れ果てていた。  最後にここに来たのはいつだっただろう。高校を卒業したとき、報告がてら顔見せに来たときが最後だったかもしれない。  元々は社員寮として使われていたこの場所は、あの時もう既にその役割を終えてじいちゃんの住処となっていた。1階は食堂兼喫茶室で、昼間は一般の人も喫茶店として利用していたはずだったが、その店を切り盛りしていたばあちゃんもいなくなって、近所の人のたまり場くらいにしか使われていなかったらしい。 「確かに、ここを欲しいだなんて言う人はそうそういないか……」  じいちゃんが亡くなったとき、この場所をどうするかが親族間での問題だった。都心からも遠く、交通の便が良くないこの場所を誰も引き取ろうとはしていなかった。押し付け合いになるかと思われたこの場所の行方は、じいちゃんの遺言状にしっかりと明記されていた。  “茶座荘については、佐倉(さくら)浩介(こうすけ)に譲り渡すものとする”  まさか自分の名前が遺言状に記載されていると思っていなかったので、読み上げられたときは大いに驚いた。だけどそれは自分だけではなく、誰もが予想していなかった。全員が考えることを放棄して誰からの異論もないまま俺はこの家のオーナーとなった。そんな俺がまずやるべきことは、自分の進退を決めることだった。  高校のときに演劇に夢中になり、高校を卒業後は同級生の安嶋(あじま)橙吾(だいご)と一緒に劇団に入って小さな役ではあるが役者を仕事としていた。だけどそれだけで生活ができるわけはなく、アルバイトの稼ぎで生活が成り立っている状態だった。  親からは30歳までに芽がでなければやめろと言われていた。リミットまで2年を切っていた中での思わぬ贈与物に、将来への迷いがより一層膨らんでいた。というのも、すでに3ヶ月前、一緒に劇団にいた相方の橙吾からはこう打ち明けられていた。 「俺、もう劇団辞めるよ。10年やって駄目だったら就職するって決めてたんだ」  10年という区切りはお互い頭の中では意識をしていたと思う。だけど橙吾と俺の違いは決断の速さだ。橙吾はそれから1ヶ月も経たないうちに劇団を辞めて就職先まで決めてしまった。  この家をどうにかするということが、劇団に残ってこのまま続けていきたいという思いを断ち切るいいきっかけになるのだろうか。とりあえず、少しずつでも家を綺麗にしたいと思い、庭ののびきった雑草をきれいに刈り取ることにした。
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