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翌日、中原さんは選挙演説の中でことあるごとに娘の名前を出した。世間は子供を助けた立派な娘の父親で、娘を亡くした悲しみをこらえて頑張っている健気な父親として見られていた。
僕は中原さんを見るたびに沙優さんがどんな辛い思いをしてきたかを思い知らされ、鬱々とした日々を過ごしていた。
「翔太、今日病院行く日だけど、一緒に来ないか? ギター弾いたら少しは気分も晴れるかもしれないよ」
沙優さんとの別れから3日程経った頃だろうか。橙吾さんがそう言ってくれたけど、今の僕には到底無理だった。
「すみません、僕しばらくギターは触りたくないんです」
橙吾さんはそれ以上何も言わず、病院へと向かった。僕は部屋の中で何もする気が起きずにただ時間がすぎるのを待つしかできなかった。
「翔太、ちょっといいか」
声の主は浩介さんだった。僕はフラフラと立ち上がって浩介さんの元へ行く。
「今日、翔太が来なくてみんな残念がってたよ」
浩介さんは僕が行かなかったことを怒る訳でもなく、優しくそう言ってくれた。
「すみません、でも、僕……沙優さんに何もしてあげられなかった。だから、音楽なんかやめてもっと人の役に立つことしたほうがいいかなと思って」
そう言って俯く僕に、一冊のノートを差し出した。
「今日、沙優さんのお世話をしていた看護師さんから預かってきた。翔太に見てもらおうとしていたらしいよ」
中を開くとたくさんの言葉でページが埋められていた。
「これって……?」
浩介さんはスマートフォンの画面を見せてくれた。僕が作った曲の動画、沙優さんに紹介した動画だった。
「沙優さん、退院する少し前にずっとこの動画見てたんだって。この曲に元気もらったって。……自分も人を勇気づける曲を作りたいって言って、少しずつノートに歌詞を書いていたみたい」
開いていたページは希望に満ち溢れた言葉で埋め尽くされていた。これはきっと彼女が手にしたい、未来への希望を書き綴ったものなのだろう。
「俺も一緒なんだよ。俺もずっと追いかけてきた夢をあきらめなきゃいけない時、この曲をたまたま聞いて。すごく感動したんだ。自分のできることを精一杯頑張ろうって思えた」
僕の作った曲が浩介さんの心に響いていた、信じられないけど嬉しかった。
「なあ、音楽って凄いと思わないか? 見ず知らずの人を元気にしたり、勇気づけたりできるんだ。翔太にはそんな音楽を作る力があると思ってる。だって少なくとも俺と沙優さんの心を動かしたんだ。だから……翔太に音楽をやめてほしくない。もっと翔太の音を聞きたいんだよ」
気がつくと目から涙がこぼれ落ちていた。なんの意味もない、役に立たないと思っていた音楽が今の僕にとっての希望の道筋になれるのかもしれない。
それから、僕は丸一日部屋に閉じこもった。だけどそれは今までの絶望の時間ではなく、僕が沙優さんにできる最後の仕事をするため。そして、ようやく納得のいく仕事を終えて部屋を出ると、浩介さんと橙吾さんがリビングにいた。
「今僕にできる精一杯のものが出来たんだ。聞いてもらってもいいですか?」
2人が微笑んで頷くのを見て、僕はギターに手をかけた。
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