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「こんにちは。また聞きに来てくれたの?」
「あなたのギター、聞いていて楽しいなと思って」
そんなこと言われたことなかったから嬉しかった。だからついつい、余計なことまで話してしまった。
「ありがとう、すごく嬉しい。僕にはこれしかないから。……僕は家でも落ちこぼれで、僕の音をいいなんて言ってくれる人いなかったんだよね」
僕の一言で中原さんの表情が変わった。何か気に障ることを言ってしまったかと思ったら、意外な言葉が返ってきた。
「私も一緒です。私も父から見捨てられた人間だから」
どういうことだろう。僕は少しだけ踏み込んでみることにした。
「僕の家は音楽一家で。だけど僕には才能がなくて、兄ばかりが優遇されていたんだ。それが辛くなって家を飛び出したんだけど、何もできず結局ギターを手に燻ってるんだ。……もし良ければ君の話も聞かせてもらえないかな」
中原さんは少し俯いていたけど、顔を上げてこちらを見つめた。
「私の父は政治家で、代々地盤を守る義務がある、お前も人の上に立てるようになれって言われてきました。だけど私はそんな生き方ができそうになくて、それを伝えると父にはせめて政治家の嫁としてこの家を守れって言われたんです。
だけど……そんな時父は再婚しました。母は私が子供の頃亡くなっているから。再婚相手には子供がいて、3歳年上の男の人で。父は彼を後継者としたんです。……つまり、私は父が引いたレールの上をまともに走れないままレール自体を外されてしまったんです。家には居場所がないし、どう生きていけばいいか分からなくて」
僕には彼女の気持ちが痛いほど分かった。突然父に見捨てられて前が見えなくなったときの絶望感。だけど……
「親は子を育てる義務はあるけど、将来を縛り付けることは出来ない。……中には親の言う通りの人生を送る子供もいるけど、それが全てじゃないんだ。自分のやりたい事、見つけてみようよ」
半分は自分に言い聞かせていたのかもしれない。でも、ほぼ初対面の人にここまで言われても困るなと気付いた。
「……なんて、よく知りもしないのに何言ってんだろうね。ごめん、今のは忘れてもらっていいから」
誤魔化すように笑う僕を中原さんはしばらく見つめていたが、ふっ、と笑ってくれた。
「あの、自分で曲を作ったりはしないんですか?」
「少しだけ作ったことはあるよ。あ、そうだ、動画あるから暇なときに聞いてみて。僕が歌ってないけど」
それは最近までサポートメンバーとして参加していたバンドのライブ配信映像だ。僕が初めて作った曲を歌ってくれた時のもの。歌詞が重くてバンドのイメージとは少し違うと言われたけど好きだと言ってくれる人も多い曲だった。
「ありがとう、聞いてみます」
中原さんとはそこで別れた。次会うときに感想を聞きたかったのに、それ以降中原さんと病院で会わなくなった。気になったので浩介さんに聞いてみると、あっさりと答えてくれた。
「退院したみたいだよ。彼女自身の体調が良くなったのもあるけど、ほら、そろそろ選挙があるから。娘が入院してるなんてイメージ悪いでしょ」
どこまで自分勝手な父親なんだと憤りもあったが、体調が良くなったのならそれは良いことだと自分に言い聞かせた。
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