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4.突然の別れ
それから1ヶ月くらい経った頃、僕のところに浩介さんが息を切らしてやって来た。
「中原さんが病院に運ばれた……」
僕は浩介さんの運転する車で病院に向かった。浩介さんも詳しいことは分からないらしい。事故なのか、それとも……また自死を選んだのか。
浩介さんはこの後予定があるとのことで、僕を病院に下ろすとすぐにいなくなってしまった。僕は受付で中原さんの名前をだすと、手術室の前へ案内された。そこにある長椅子には30代くらいの女性が座っていた。ギュッと両手を握りしめている。
「あの……中原さんの関係者の方ですか?」
声をかけると、女性は僕にしがみついてきた。
「すみません、すみません、私のせいなんです……」
急に取り乱した女性を必死になだめると状況が分かってきた。中原さんは道路に飛び出した子供をかばってトラックに轢かれたのだ。子供はかすり傷で済んだが中原さんは頭から血を流していたらしい。
「少し目を離したすきに息子が何かを追いかけるように走り出したんです。その瞬間トラックのブレーキ音がして、心臓が止まるかと思いました。でも道路の向こう側から息子の声が聞こえて。安心したんですけど、道路の上に女の子が倒れていて。息子を庇ったってすぐに分かりました。彼女が助からなかったら私……」
僕は何と言っていいか分からず、女性の肩を支えながら「大丈夫です、信じましょう」としか言えなかった。
しばらくして、遠くで男の人の声がした。
「……なんで私がこんなところに……」
「……どうせまた自分でやったんだろう。この大事な時期に迷惑……」
僕は声のする方へ歩いていった。そこにはスーツ姿の男の人が立っていて、隣には秘書と思われる人が付き添っている。
「中原雄作さんですか?」
「そうだが、君は誰だね」
「中原沙優さんの知り合いです。まだ彼女は手術中です。あちらへ」
「悪いが私は忙しいんだ。自分勝手な行動で親に迷惑ばかりかける奴なんか待つ時間はないんだよ」
自分のことしか考えていないような言い方にキレそうになったが何とか思いとどまる。落ち着け、冷静になれ……
「沙優さんは子供を庇って事故にあわれたそうです。あちらに助けた子供の母親がいらっしゃいます」
瞬時に中原さんの表情が変わった。母親のところに近づくと膝をついて寄り添った。今にも土下座しそうな母親を宥めていると、手術室から人が出てきた。
中原さんに向かって、「残念ですが……」と一言告げていなくなった。母親が泣き崩れる中、中原さんは秘書に「後は頼む」と言って立ち去った。
すれ違う時、衝撃的な一言が耳に届いた。
「あいつも最後にいい仕事をしたな」
僕は体が震えるほど怒りでいっぱいだった。
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