冬が過ぎれば、春

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 アパートの前で叔父さんに出くわした時はツイてない、と思った。  おれが今無職だからって、色々とお節介をやいてくるんだ。それは主に職の斡旋(あっせん)なのだが、今はなるべく人と関わりたくないのに、作業員や店員など人間関係が絡むものばかりで余計に困る。  とは言え、叔父さん所有のアパートに格安で住ませてもらっているのだから、仕事を勧められるくらいは仕方ないとも言える。  小言が始まるのを覚悟したら、意外にも機嫌のいい声が飛んできた。 「よう、(たかし)。いいとこで会った」  町内の会合で飲んできた帰りだと言う。余った分をもらってきたから分けてやるよと、差し出されたのは缶ビールだった。  僅かな貯金で食いつないでいる身には、缶ビール一つでも有難い。  珍しく小言もなくて案外ツイていた。  ビールが飲めるとなると、無性にから揚げが食べたくなった。他に用もないのに買いに出るのは面倒だなと思いつつも、頭にはワカクサのから揚げが浮かんでいた。  ワカクサは駅前の商店街にある小規模スーパーだ。そこで売られているから揚げは肉がジューシーで、塩の味付け加減もいい。値引きで買える時は大抵買っている。  部屋の壁掛け時計を見た。午後七時十五分だ。  惣菜の値引きの時間は大体七時半だ。こんな情報がすぐ頭に浮かぶことが悲しくもあるが、今はそれを置いておく。値引きされた惣菜はあっという間に売れてしまう。迷っているうちに逃すのが惜しくて、アパートを出ていた。
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