番外編SS 声を聴かせて1

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番外編SS 声を聴かせて1

☆伏見君との再会(透的には初めて会った)時のお話です。  その時、透はなんの身構えも出来なかった。だからこの衝撃をまともに食らってしまった。  自らが店主を務める洋菓子店のカウンターの中、丁度バースデーケーキの受け渡しが終わったところだった。  パティシエの叔父と常連客が楽しげに談笑をしている。その隣で透もにこやかにしていた。  そんな折、店の電話が鳴った。  いつも通り透は客に会釈をすると、レジ横に移動して受話器を取り上げ耳にあてる。  そして感じが良いと皆から褒めそやされる声で、いつも通りの挨拶をした。 「こんにちは。フリージアです」 『あの、店の前に貼ってあった、アルバイト募集の掲示をみてお電話を差し上げたのですが』  ぞわぞわぞわっと首筋の産毛が立った。 (朔……!)  その声はあまりにも、かつての恋人によく似ていた。  恋して愛して、青春の全てを捧げつくして、そうして捨てられた相手。  頭はそんなことは無いとすぐに否定する。だって向こうから一方的に別れを告げられたのだ。  万に一つでも、あり得ない。だけど身体は正直で、胸の鼓動は耳まで聞こえてきそうに早鐘を打つ。    一年前に別れた彼が悪戯で電話をかけてきたのではないだろうか。いや、そんなはずはない。でも彼は気を引く為ならなんだってやる、意地悪な男だ。こんなことも、やりかねない。    そう自分に必死で言い聞かせる。受話器を持つ手が興奮なのか恐怖なのかそれとも歓喜なのか。自分でも分からずに震えていた。 「……っ!」 (早く何か言わないと……、変だと思われる)  焦れば焦るほど、口がぱくぱくと空気だけを食んでしまう。  思えば元恋人と最後に会話をした時もそうだった。喉に何かが押し込まれているように苦しくなって、声を出せなくなった。  相手のいうことだけをただ聞いて、最後通牒のような冷たい台詞にただ頷くことしかできなかったのだ。    叔父は愛する甥の微細な変化にすら敏感だ。背後から肩を叩かれる。  肩越しに振り替えると口の動きだけで『大丈夫か?』と問われる。  そして電話の相手からも『あの……、こちら、洋菓子店のフリージアさんで間違いないですよね?』と尋ねられた。気づかわし気な優しい声色は、かつて愛情を交し合ったころのそれに似ていて、胸が余計に波立った。  透は目の動きだけで美しい雅に『大丈夫』と伝えると、受話器を抑えてすうっと大きく息を吸った。  心のどこかで、まだ、こんなにも彼を想っているという絶望を隠す。そして明るい声で返事をした。 「はい。フリージアでございます。大変失礼いたしました。アルバイトのご応募の方ですね……」
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