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BOOTH開店記念☆ if話 透が子どもになっちゃった 4
「御馳走様。美味しかったよ。雷君。じゃあ、支度に行こうか」
「はい」
朝食を済ませ、いざ開店準備を始めようと思ったものの、透はあることに気がついた。
「ああっ!」
一歩早く階下へ向かおうとした雷は透の彼らしくない大声に慌てて振り返る。その場にしゃがみ込んで頭を抱える透は、本当に華奢で庇護欲をそそられたのか雷が愛おし気に目を細めた。
「どうしましたか?」
「どうしよ。多分僕今、着られる服がない」
「服……」
当初から厨房メインで働く雅はコックコートを着用していたが、店舗での作業がメインの透は私服の白いシャツにエプロンを付けたシンプルな出で立ちをしていた。
そこにイートインコーナー担当の雷が加わったので店内にいる二人は統一感を出すために、仕立ての良い薄墨色のシャツに黒パンツ、透はビターチョコブラウンのベスト、カフェの担当する雷はベストの代わりに同じ色のロングエプロンを締めている。
雅が二人の為に特注してくれた制服だが、このさりげないお揃い感に透はたびたび心をときめかせていたことは雷にも内緒だ。
だが今日はその制服を着ることができない。多分12歳ぐらいの姿の透は、まだ背丈が150㎝に届くかどうかといったところだ。
「困ったな……。どうしよう」
ぶかぶかのスリッパで転びそうになりながら衣装部屋に戻ると、あれやこれやとクローゼットの中の服を物色する。
幸い透は成人した姿でも背丈のわりに線が細い。小さな透は鏡の前でクリーニングから戻りたてのシャツを羽織る。太腿の半ばまで裾が来てしまうが、袖を何度もまくってパーカーを羽織ってみた。
「上は誤魔化せそうだけど……。みてこれ」
「裾をまくってみましょうか」
足先にスリッパを持ってきてくれた雷が、ズボンの裾を何度も折って持ち上げてくれたが、ほっそりと白い脛を滑り落ちていく。
「流石に無理だね」
透は雷の肩に手をついてバランスをとった姿勢のまま、再び鏡を見つめた。上着だってどう見たって大人のものを無理やり来た風情でだぶだぶだ。
こんな格好みっともなくて、透だけでない雅の宝物でもある、麗しい洋菓子店『フリージア』の店頭に似つかわしくなかった。不安げな顔でこちらを見つめてくる少年。この顔には見覚えがあった。
朔と出会うずっと前の自分。母親が家を空けがちになり、心配した雅に助け出されて祖母の家に身を寄せた頃の姿に似ている。まさに今立っているこの場所が、昔は祖母の営む小料理屋だった。
(……違うだろ。今は。僕は幸せだろう? 雷君は僕を置いて行ったりしないだろ?)
不安を感じると項の噛み痕をなぞる癖ができた。雷との絆を感じて、自分を大切に思ってくれる男の気配と愛をそこに見出そうとする。
だがこっそりと鏡で確認したそこは以前のようにつるりと傷一つないように感じた。
(噛み痕……、消えてる?)
ぐっと胸が苦しくなった。
泣きそうな顔で部屋を出ていく透に気づかないのか雷は後ろから何か思案気な声を出しながらついてくる。
「お客様のご来店までに、あまり時間がないですね……」
リビングまで引き返した透は昏い雲が頭の上に立ち込めてきたように、どんよりとした気分になった。ソファーの上で小さな身体を丸め、膝を抱えてしょんぼり項垂れた。
「やっぱりがお客様の前に立たない方がいいのかな……」
「でも透さんは傍で見守りたいんですよね?」
雷は透の隣に静かに座ったが、すぐにまた立ちあがった。そして猫でも撫ぜるような優しい手つきで、透の柔らかな髪を撫ぜる。縋るような目で雷を見上げれば、彼は日ごろと変わらぬ穏やかな笑顔を向けてきた。
「そんなしょんぼりした顔をしないで。透さん」
二十歳そこそこの美青年である雷の事を、透は普段は可愛く愛おしく思っているが、今日は何だかずっと大人びて見えた。身体が縮んだせいで心も少年の頃に戻ってしまったのだろうかと不思議に感じている。
「ちょっと待ってて。俺に任せておいてください」
雷は意気揚々と家を飛び出していった。
駅前まで出ればビルのテナントの中に誰もが知るファストファッションの店のあてがある。だが開店を待ってそこで服を買って戻れるほどには時間がないはずだ。
(雷君……なにか宛てが在るのかな)
「透さん、きちんとみられる服、買ってきましたよ」
そう言って彼が買ってきてくれた紙袋に書かれた『みどり洋品店』と書かれた文字をみて、透は雷の顔をまじまじと見つめた。
それは子供の頃、まだここに祖母の営む小料理屋が立っていたころから見慣れた看板と同じ名前だ。春になると近隣の学校に入学する子を持つ保護者でごった返すその店の扱う品は……。
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