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BOOTH開店記念☆ if話 透が子どもになっちゃった 5
「雷君、これって……」
「後で他の服も買いましょうね。とりあえずはこれを着てください」
有無を言わせぬ笑顔がちょっと怖い。先に階下へ開店準備のために降りて行った雷を見送り、紙袋の中身を取り出した透は思わず恥ずかしさに頬を染めた。
(まさか僕がまた、この服を着ることになろうとは……)
ビニールがかかった真新しいシャツを取り出し、袖を通す。濃紺のズボンはひざ丈までしかなく、滑らかな脛が丸見えだ。そこに膝より少し下の丈のソックスをはく。ご丁寧に靴下を止めるベルトまで入っていた。
綺麗な空色のストライプのネクタイを締め、ズボンよりは明るい瑠璃紺のジャケットを羽織る。色白の透の顔がよく映えて見えた。
着てみたら思っているより身体にぴったりで、着心地は悪くない。
足元はスリッパのまま、店舗へ降りていくと、雷が笑顔で待ち構えていた。
「すごくお似合いですよ。透さん」
透は顔を輝かせて微笑む雷に気を良くして、ぐるりと一回転回って見せると、ノリの良い雷は手を叩いて喜んでくれた。
「これ、どこかの学校の制服? 凄く綺麗なシルエットだし身体にぴったりだったよ。でも部外者が着てしまっていいのかな?」
「大丈夫ですよ。急に弟が礼服を着ないといけなくなったからと店舗にあった制服っぽいセレモニースーツを譲ってもらってきたんです」
「ええ! すごく高かったでしょ? これとても着心地がいいし、しつけもそのままだったもの。今だけしか着ないのに……」
「じゃあ、デートもこの格好のまま行きましょう。透さん、そこに座って」
背中をそっと押されてイートインコーナーにある椅子に腰かけさせられると、一度踵を返した雷が箱を手に戻ってきた。
靴箱か艶やかなハイカットのブーツを取り出し、透の足元に跪く。そのまま王子様にでもかしずくかのように足を持ち上げてブーツをはかせようとしてきた。
「雷君、自分ではけるから」
無性に恥ずかしくて足をひっこめようとするが、大きな掌にふくらはぎを持ち上げ取られて動かせない。そのまま膝の上にそっと口づけられた。
下から見上げられて愛おしそうに微笑まれると、胸が痛い程高鳴る。
いつももっと際どい触れ合いをしている間柄なのに、この姿で彼に触れられると、なんだかいけないことをしている気持になってしまう。
「いいから、そのままで。たまには俺に貴方の面倒を見させてください」
そんな風に雷は言うが、透だって彼に面倒を見てもらっている自覚はある。特に互いに求め合った後など、ぐったりしている間に身づくろいをして貰っている始末だ。情けないけれどずっとスポーツで鍛えてきた二十歳近い青年とは体力が違うのだから仕方ない。
日ごろから雷が透の触れる手は優しく丁寧でが、今日は普段よりさらに細い透の身体を扱うのに力の加減が難しいようだ。
やや強引ともとれる力で持ち上げられた足を彼の膝の上に置かれる。バランスを崩さないように、片手はスツール、もう片手は彼の肩に置いた。
(この姿で雷君に触れられるといつも以上にドキドキする。なんでだろう)
もしかしたらこの真っ新な身体は誰の手にも触れられていないから。そう、酷いあの恋人との愛欲の記憶すらない、純白の身体に戻っている。初めて触れてくる男の大きな熱い手にとくとくと胸が波打つのはそのせいに違いない。
雷は器用な手つきで艶々としたブーツをはかせてくれる。彼の長い睫毛が影を落とす頬の質感が若々しくて美しい。筋肉質な肩や胸板がいつも以上に立派な体躯に目に映る。
日頃は年下の恋人を透はいつでも愛おしく何でもしてあげたい気持ちで胸が熱くなるが、今はそこに憧憬が加わって胸を打ってくる。
あったはずの項の傷口に触ろうとしたが、今はそこはつるりと真っ新なままだ。
(でも……)
ある切ない衝動に透は長い睫毛を見開いた。
(このまま元に戻らなかったら、僕は子供でβのまま。雷君とは番に慣れない。傍に居られない)
切ない気持ちがこみあげてきて胸がぎゅうっと押し潰される。
「できたよ」
顔を上げた雷が只でさえ色白の透がしゅんっと顔色をなくしているように見えたのだろう。眉をひそめた後で軽々と彼を抱き上げ、前髪をかき分けると額にキスをしてくれた。
「そんな顔をしないでください、透さん・店の事も俺に任せて。何も心配することはないですよ」
そうじゃないよ、違うんだ。そう言いたかったけれどその時ドアベルが鳴り響いて店の扉が開いた。時間より少し早く予約していた客が現れたのだ。
「「いらっしゃいませ」」
条件反射でいつものように透も挨拶をしたが自分の声の甲高さにしまったと口元に手をやった。慌てる透とは対照的に雷は落ち着き払ったで立ちあがる。
「ケーキの引き取りで来ました……、えっ! うそ。可愛い!!!」
それは注文をしてくれた常連客の女性ではなく、たまに彼女と連れ立ってくる高校生の娘さんの方だった。いつもの制服姿ではなく、ばっちりと化粧をして丈の短いカットソーにミニスカート姿できゃあきゃあと騒いでいる。
「ご用意しますのでしばらくお待ちください」
もう見つかってしまったので今更奥に引っ込めなくなった透を置いて、雷は厨房の方へ商品を取りに行ってしまった。
その間も透は所在なく落ち着かない気持ちのまま、自分より十センチは背が高い少女を見上げてぺこりと会釈した。
「もしかして、パティシエの息子さん? そっくりなんだけど」
(そうか……。叔父さんの息子と勘違いされてる?)
伯父の雅には美亜という幼い娘がいるが、正直娘の美亜よりも透の方が雅によく似ている。
「あ、いえ……」
否定しかけたがではお前は誰なのだ?ということになるのも面倒だった。透が曖昧に微笑みながら、一応こくっと頷くと彼女はマスカラで黒々とした睫毛をぱちぱちせて微笑んだ。
「すんごい美少年! すんごい可愛い!! 写真撮らせて欲しいぐらい」
「え……」
透がどう対応をしていいか分からず、戸惑っていると、彼女はぐいぐい透に身体を寄せてくる。そして貝殻のような小さな耳にひっそりと囁いた。
「ねえ、あの店員のお兄さんって、付き合っている人がいるか、あなた知ってる? 知ってたらお姉さんに教えて欲しいんだけど」
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