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三十四 口はわざわいの元
コンビニの袋を片手に部屋に戻ってきた鮎川は、溜め息とともにベッドに座り込んだ。日中の日差しが暑かったせいで、なんとなく肌がベタついている。
「あっつ……。東北っていっても暑いよな……」
慣れない土地と慣れない枕では、疲れが取れない。甘いものが食べたくなって、ついコンビニでプリンを買ってしまった。
「そういや、寮の冷蔵庫にプリン入れっぱなしだ……。まあ、誰か食うか」
鮎川のプリンは、いつの間にか失くなっているので、今回も誰かが消費するだろう。プリンの蓋をペリリと剥がし、スプーンを突っ込む。一口食べながら、スマートフォンに手を伸ばした。
(ん。岩崎からメッセージだ)
画面をタップし、メッセージを開く。二十分ほど前に送られていたようだ。移動中で気づかなかった。
『お疲れー。こっち暑いんだけど。そっちも暑いの?』
『冷蔵庫のプリン貰った』
『いま栗原たちとゲームやってる』
『ひま』
連続で送られたメッセージに、思わずプッと吹き出してしまう。暇そうにしている姿が想像できて、なんだかおかしかった。
(向こうもプリンか)
返信を打とうとして、『お疲れ』と記入する。そこまで書いて、手を止めた。書いていた文言を消して、通話ボタンを押す。呼び出し音が鳴ると、すぐに岩崎が電話に出た。
『もしもしっ』
「おー。お疲れ。プリン食ったの?」
『うん。みんなで貰った』
「ああ、みんなで食ったんだ。こっちも、プリン食ってる」
『はは、お揃いじゃん』
岩崎の笑い声を聞いているうちに、先ほどまでの疲れが軽くなっていることに気づく。身体もちろん疲れていたが、精神的な疲労がだいぶマシになっていた。
(やっぱ、いつもの感じってのが大事なのか……)
岩崎と話すのが、落ち着くようになっている。彼の存在が、当たり前のようになっている。それが、自然なことのように、生活の一部になりつつあるのだ。岩崎の声が、息遣いが、声を聴いているだけで、表情まで想像出来て、なんだかそれがくすぐったい。
『――で、須藤が俺と鮎川が兄弟みたいだって、言っててさ』
「あー?」
兄弟。そう言われて、少しだけモヤっとする。確かに、仲は悪くない。岩崎が自分に懐いている様子が、他人からはそう見えるのだろう。
(……兄弟はキスとかしねーけどな)
なんとなく、そんなひねくれたことを思ってしまう。何が不満なのか、自分でもよく解らなかった。
『でもさー、兄弟はキスとかしねーじゃん?』
「――」
岩崎の言葉に、ドキリとした。同じことを考えていたのかと思うと、なぜだか口許が緩む。
しまりのない顔を鏡に見つけ、鮎川はムッと口を結んだ。自分がこんな顔をしているなんて、ちょっと恥ずかしい。
(ん? 待てよ)
ふと、嫌な予感が胸を過った。
「――岩崎。お前それ、言ってないよな?」
『え?』
電話の向こうで、岩崎が黙り込んだ。冷や汗が流れる。
(こ……のっ……!)
『いっ……だ、大丈夫だよ。酔ってキスしたことあるし』
(言ったな)
頭を抱え、盛大に溜め息を吐く。何故あの口は、あまりにも素直に喋ってしまうのか。
(どうしてくれようか……)
寮に帰ったら、変な噂でも広がってるんじゃないだろうか。そう考えると、胃が痛くなってくる。
岩崎を抱いたのも、キスをしたのも、事実ではある。だが、オープンにしたいわけでも何でもない。
「お前、それどんな反応され――いや、やっぱ言わなくて良い」
電話の向こうで、鮎川の雰囲気を察してか、岩崎は少し慌てた様子だった。本当は怒りたかったが、あまりにも慌てているせいで、なんだか気が抜けてしまう。
(まあ、お仕置きは確定だな)
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