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三十五 久しぶりの寮
妙な話をしたことを怒っているはずなのだから、お土産を買っていくのは微妙だと思いながらも、鮎川はバッグいっぱいに土産を買って寮に帰ってきた。既に門限の時刻は過ぎているが、届け出は出してるので問題はない。藤宮に連絡をし、鍵を開けてもらって玄関に入る。
「お疲れ様」
「どうも。悪いないつも」
「ま、寮長だからね」
土産もあって大荷物になった鞄を抱えなおし、薄暗い玄関ホールを進む。いつもなら部屋の方に向かう藤宮が、何故かラウンジの方にあるベンチの近くに寄って行った。ベンチの上に何かがある。
「?」
目を凝らして、鮎川はギョッとして目を見開いた。
「さっきまで起きてたんだけど。うたた寝しちゃたみたい」
「――え」
ベンチの上で、岩崎がスヤスヤと寝息を立てていた。Tシャツの胸が上下している。
(まさか)
まさか、待っていたのか? そう考えがよぎったが、すぐに否定する。まさか。そんな訳ない。
その考えが、藤宮に否定される。
「この五日間、ずっとここに居たんだよ。寂しかったみたい」
「えー……」
(僕が今日帰ってくるのは、知ってたはずだよな……?)
「なんだか、子供みたいだよね――」
藤宮が、そっと髪に触れる。それを、咄嗟に掴んでしまった。
「っ……」
「? 寛?」
「あっ……。悪い……起こすのは、可哀そうだから……」
言い訳だ。解っていたが、そう口にしてしまった。藤宮はなにか言いたげだったが、「そうだね」と同意する。胸が、ざわざわとざわめいた。ろくな言い訳じゃない。もっとマシな言い訳を言わないと、この男は自分のことを何でもお見通しだと言うのに。
「……あ、土産。これ」
「ああ、ありがとう。悪いね」
土産を手渡し、ついでにラウンジにも置いておく。寮でお土産を配る場合、こうしてラウンジに置いておくのが夕暮れ寮の定番だ。普段、冷蔵庫から勝手にプリンを持っていく者も、空気を読んでかこういう時は一つだけ手にしていく。
「で、どうするの? まさか朝まで放っておくわけじゃないでしょ?」
「……僕が、連れて行くよ」
「そう?」
起こさないよう、そっと岩崎を抱え上げる。藤宮がチラリとこちらを見る。
(クソ。笑ってるな……)
◆ ◆ ◆
鮎川は自分の部屋に、岩崎を連れて帰った。ベッドに寝せて、少しだけ窓を開ける。しばらく部屋の喚起をしていなかったせいで、空気が淀んでいた。荷物をソファに置き、ネクタイを外す。本当ならシャワーを浴びるべきだったが、億劫で仕方がなかった。
(ふぅ……進のヤツ、なんて思ったかな……)
ベッドに腰かけ、岩崎の髪に触れる。藤宮が触れようとしたのが、嫌だった。誰が触ろうが、関係ないのに。
「……」
髪に触れた指が、頬、唇と滑っていく。鮎川はベッドに手を着いて、岩崎に覆いかぶさった。ギシ、ベッドが軋む。
今、岩崎が目を覚ましたら、なんと言い訳をする気なのだろうと、自分でも思う。鮎川には岩崎にキスをする理由はなく、権利もない。それでも、今、キスをしたかった。
そっと唇を重ねる。柔らかい感触に瞼を閉じる。久し振りに触れる唇の感触に、心臓が早鐘を打った。こんな風に優しくキスをした経験は、鮎川にはなかった。ただ触れるだけのキスをして、ゆっくりと唇を離す。
「……」
目が、合った。
「――」
「あれ……? 俺、寝てた……?」
「……ああ」
のそりと起き上がりながら欠伸をする岩崎に、鮎川は気まずい気持ちを押し隠し、平静を装う。岩崎はそんな鮎川の心理を知らずか、呑気にボンヤリした顔を向けた。
「ふぁ……、おかえりなさい」
「……ああ。ただいま。待ってたんだな」
「すげー暇だった」
内心、キスを咎められないかドキドキしながら、誤魔化すように笑う。
「お前、僕の部屋に来たってスマホしかしてないだろ」
「鮎川が居るじゃん」
「――」
シンプルで、単純明快なその答えは。
思いのほか、殺し文句だった。
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