390人が本棚に入れています
本棚に追加
四 先輩とは呼べない
『出来もしないくせに、偉そうなこと言わないでよね。あんたの出る幕じゃないのよ』
(ムカつく)
イライラしながら、寮までの道を歩く。苛立ちが顔に出ていたのか、通りすぎる人が岩崎を見て、青い顔で顔を背けた。
(あのアマ。見てろよ)
思い出すだけで腹が立つ。文句を脳内で言いながら、余計に腹が立って、岩崎は鼻息を荒くした。
「やけ食いだ、やけ食い。こういう時はジャンクなもんを食うに限る!」
そう言いながら、コンビニエンスストアを目指す。寮から一番近いコンビニは、寮の人間も多いが、学校が近いこともあり、学生が多い。退勤時間などは特に混雑している。
コンビニに入ると、一直線にカゴを片手にスナック菓子のコーナーに行き、味の濃そうなスナックから、変わり種までを順番にカゴへと突っ込んでいく。すぐにレジに並ぼうと思ったが、すでに行列が出来ていた。
行列に一瞬、萎えそうになる。だが、その列に見知った顔を見つけ、目を瞬かせた。
(鮎川、先輩)
陰鬱な雰囲気の男、鮎川だ。その鮎川の前に、三人ほどの男子学生が笑いながら割り込んでくる。
「あ、並んでるんですが……」
鮎川のか細い声に、男子学生が「ああ?」と睨み付ける。
「なんだオッサン」
「あ、その……はい」
その様子を見た岩崎は、イライラしていたこともあって、余計にカチンと来てしまった。
男子学生の前に立ち、睨みをきかせる。
「てめえこそ何だ、このクソガキ」
「ひっ!?」
「あっ、す、スミマセン……」
男子学生は思ったよりも根性がなく、見た目で岩崎を恐れると、そそくさと列から離れていく。
鮎川が驚いた顔で岩崎を見た。
「岩崎」
「はぁ……。ガキに舐められんじゃねーよ」
「あはは。ありがとう」
鮎川の態度に、無性にイライラしてしまう。
(先輩じゃねえ。こいつはただの鮎川だ。ヘタレ野郎が)
呆れながら列に並び、会計を済ませる。コンビニの外に出ると、何故か鮎川が待っていた。
「あんた……」
「さっきはありがとう。これ、良かったら食べて」
そう言って、鮎川は持っていた袋の中からシュークリームを取り出す。思わず受け取ってしまい、岩崎は顔をしかめた。
「……どうも」
(甘いもんとか、食わねえんだけどな)
岩崎は甘いものを好んでは食べない。嫌いというわけでもないが。
「今から飯じゃねーんですか」
「そうなんだけど、寮のご飯はデザートつかないじゃない。たまにはね?」
(と言いながら、しょっちゅう買っていると見た)
憶測だが、当たっている気がする。鮎川の持つ袋の中には、他にも色々入っているようだった。
「随分、買ってるみたいだけど」
「冷蔵庫に入れておくと、半分以上は消えちゃうからね」
(そんな馬鹿な)
鮎川の発言に、改めて呆れてしまう。各部屋には冷蔵庫は置けないため、冷蔵庫は共有スペースにあるものを利用しているはずだ。共有なので、誰もが利用できるが、通常は、名前をしっかり書いておけば、誰かに持っていかれることはない。
(舐められてんだな)
鮎川ならば平気だろうと、勝手に盗み食いする人間がいるのだろう。盗み食いする方も大概だが、だからといって多めに買い込んでおく鮎川も鮎川だ。
(まあ、俺の知ったことじゃないか)
「そういう岩崎は、お菓子ばっかりだなあ」
「あー……。まあ、色々あって」
指摘され、嫌なことまで思い出す。思い出したらまたムカムカして、顔をしかめた。
(あのクソアマ、どうしてくれようか……)
と、ご機嫌な様子で歩く鮎川の横顔を見る。何故だか、一緒に帰る流れになってしまった。
(そういや――)
「なあ、鮎川」
「あゆ……あの、一応、先輩なんだけど……」
「あんた、栗原が押し付けたバイブどうした?」
「全然、聞く気はないんだね……。公道で急にどうしたの。持ってるよ?」
「持ってんのかよ。もしかして使ってんの?」
「なんて?」
鮎川が怪訝な顔で岩崎を見下ろす。
岩崎は、鮎川がもっと慌てふためくかと思ったが、存外、彼は平然としていた。その事が意外で、方眉をあげる。
(そういや、俺にたいしても、物怖じしねえな)
陰気で気弱な男かと思っていたが、そうでもないのかも知れない。なんとなく、そう思う。
(それに、やっぱり――)
何か、ざわざわするのだ。鮎川を見ていると、脳の奥底が震え、何かを呼び起こそうとする。何か、焦れったいような、苛立ちのような、それと同時に、郷愁のような切なさが込み上げる。
「まあ良いや。持ってるなら。あとであんたの部屋行くから」
「へ?」
何で? という顔をした鮎川に、岩崎は無視を決め込んだ。説明する気は全くなかった。
最初のコメントを投稿しよう!