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五 やってみなけりゃ解らない
食堂での夕食を終えたあと、岩崎は宣言通り、鮎川の部屋を訪ねた。鮎川は律儀に部屋で待っており、待たされることはなかった。
「えーと……?」
「邪魔するぞ」
許可を得る前に部屋の中に入る岩崎に、鮎川は戸惑いを見せたがなにも言わない。やはり、言いたいことを言う質ではないのだ。
鮎川の部屋に入った岩崎は、中の惨状に顔をしかめ、呆れた声を漏らした。
「はぁ? なんだこの部屋。物置かよ」
「た、退寮する人が、要らないものを置いていくんだ。何か欲しいものがあれば、持っていって良いよ」
鮎川の説明に、呆れて顔をするしかめる。どうしようもなく卑屈だとは思っていたが、想像以上だったらしい。
部屋の様子は、酷いものだった。狭い寮内には邪魔な大きなソファーに、折り畳みのテーブルが三つ。スティック掃除機は四台も置いてある。大物の家具の他にも、ボードゲームやトランプ、良くわからない小物まで、部屋に溢れかえっている。
その中で、異彩を放つ一角があった。岩崎の目的は、これである。
(ふん。あとで栗原たちに声かけてみるか)
家具を一通り眺め見て、同期の新人なら欲しいものがあるかもしれないと思い付く。あとは棄てた方が良いだろうに、鮎川はそうしていない。物がありすぎるのだろう。
「さて、と。何だ、思った以上にあるな」
岩崎は部屋の一角に積まれた箱に、眉をあげた。『超振動!』やら『極太』などと書かれたパッケージは、これまで鮎川の部屋に押し付けられたバイブだ。他にも、用途不明なものからアダルト映像でしか見たことがないようなものがズラリと並んでいる。
事情を知らなければ、鮎川の趣味を疑うところだ。
「あー、お茶とか飲む?」
「いらねえ」
鮎川の誘いを無視し、箱を物色する。未使用のようだが、開いている箱もある。どんなものか、渡した人間が確かめたのだろう。岩崎はその中から、未開封のものを選び、さらに床に並べて比較し始めた。
「あのー、何をしているの? どうせなら持っていってくれても……」
「これだな」
「……」
あくまで無視する岩崎に、鮎川は黙り込んだ。自分の部屋なのに、どこにいて良いか解らないのか、岩崎の横で突っ立っている。
「これにしよう。どうよ。長さ15センチ。直径5センチ。ガチのヤツ」
そう言って岩崎が取り出したのは、ピンク色の男性器を模したバイブだ。
「それが、どうしたの?」
鮎川は困惑した顔で首を傾げた。
「フェラしてみようと」
「何で?」
ずっと岩崎が呆れていたが、今度は鮎川が呆れる番だった。何を言っているんだという顔で、岩崎を見る。
「同期の女がよ。フェラが出来ないとか言うからさ。そんなわけねーじゃん。AVだけの技なわけねえだろ?」
「あー、うん? うん。そうだね?」
「それはもう、やりたくないだけじゃん。で、ソイツが俺に、出来もしないくせに偉そうにって言うからよ。俺は出来ることを証明しようと思ってな」
「なるほどー?」
「だからコイツで一つ実践して見ようと思ってな」
「君の行動力に驚くよ。って、ここでやるの!?」
鮎川がぎょっとするが、構わずに岩崎はピンク色のバイブをパクりと口に咥えた。
「んぁ、こふぇふぁ、ふぉくふぁくぁんふぁいふぁ」
「なんて?」
一度ちゅぱっとバイブを口から離す。
「こうじゃねえな。これじゃ不自然だ。鮎川、ちょっとこれ持って立って」
「は!?」
驚く鮎川の手に、バイブを握らせる。そのまま、角度と高さを調整する。必然的に、鮎川の股間近くにバイブが置かれる。
「うん、この位置だな」
「ちょっと!?」
戸惑う鮎川を無視して、今度は先端に舌を這わせる。先程はいきなり咥えてみたが、歯が当たってしまった。
舐めるように、ゆっくり咥内にバイブを沈めていく。
「んむ、ん」
くぐもった声が、唇から漏れる。唾液が勝手に溢れて、唇から漏れだした。
(ほれみろ、結構簡単じゃん)
そのままゆるゆると、喉奥までバイブを咥え込む。少し苦しいが、無理ではない。
「っ、岩崎……」
鮎川が、赤い顔で岩崎を見下ろす。
(このまま、動かして……)
咥えたまま、前後に動かす。唾液のせいでちゅぷちゅぷと音が鳴る。予想通りだ。全然、難しいことなんかない。歯だって当たっていないし、深く飲み込むことだって平気だ。
(余裕じゃん)
ぷは、と息を吐き出し、バイブを口から取り出す。思いのほか唾液が溢れて、唇と顎を濡らす。
「ホラ見ろ。全然、余裕だわ」
「っ、きみは、バカなのか?」
動揺した様子の鮎川を見上げ、ふんと鼻を鳴らす。鮎川の耳が赤かった。
「でもさっきは歯が当たっちまった。角度の問題か? ちょっと横になれ」
「はいっ?」
鮎川の肩を押し、ベッドに押し付ける。何をしようとしているのか解ったらしく、鮎川が上体を起こした。
「寝てろって。位置がずれる」
「僕は何をさせられてるのさ!?」
「こっちのが難しいかも知れん」
鮎川は何か叫んでいたが、無視して再びバイブを呑み込む。垂直に呑み込まなければならないのが、思いのほか難しい。
「う、んぅ」
「っ……」
鮎川の太股に体重をかけ、上から呑み込んで行く。深く、咽の奥に。
(これで、根元まで……ちょい、キツいな)
だが、無理なわけではない。やはり、出来ないのではなく、やりたくないに違いない。そう結論づけようと、上下に唇を動かそうとした時だった。
「――っ!」
不意に鮎川が、手にしていたバイブをグイと動かした。喉奥を突き上げられ、鈍痛と苦しさに顔を背ける。
「ぐっ! げほっ! げほっ!」
反動で、咥えていたバイブが床に転がり、ゴトッと鈍い音を立てた。唾液にまみれていたせいで、床が僅かに濡れる。
「このっ……何しやがるっ!」
「ごめん、ごめん。大丈夫? つい……」
つい、じゃねえよ。そう思いながら睨み付け、唇を拭った。
「喉の奥が痛え……。まあ、出来るのは解った」
「……岩崎は出来ても、女の子はもっと口が小さいんじゃない?」
鮎川の意見に、岩崎はムッと顔をしかめた。
「女の方が口が小さいなんて、幻想だろ」
「そうは言ってないけど……個人差があるというか……。嘔吐反射ある人も、ね?」
「……」
真っ当な意見に、反論できず黙り込む。
(でもコイツ、バカにせずに聞いてくれんだな……)
岩崎はようやく頭に血が上っていたのが落ち着いて、溜め息を吐き出した。
「まあ、とにかく少なくとも俺には余裕だったわ。これであの女をバカに出来る」
「それは、何よりだよ……」
そう返事をした鮎川は、酷く疲れているように見えた。
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