9人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
その男性は、私より十は年上であろうと思われた。緑色の目をした、笑顔の優しい男性だった。私たちはお互いの両親を交えて湖の見えるレストランで食事をした後、二人で湖にかかる橋の上を散歩した。湖畔を囲む木々に午後の光が反射して、葉がきらきらと金色に光った。一歩足を踏み出すたびに、アーチ状の木造りの橋の軋む音が聞こえた。
「私には五年ほどお付き合いしていた女性がいましてね。結婚を考えていたのですが、二年前に病気で亡くなりました。貴女は彼女によく似ている」
この時私は男性の細められた目が、私ではなく私の中にある彼女の面影に向けられていることを知った。例え結婚したとして、彼が私を心から愛することはないことも。
「あなたと結婚することはできません」
私は答えた。秋風が湖に微かな波紋を生み出して、鳥が小さく囀った。
「私の隣にいても、あなたは彼女を想うでしょう。そして、私がその人ではないと思い知るたび苦しむはずです」
男性はしばらく、木々の向こうに広がる薄紫色の空を眺めていた。
「そうかもしれません。私はとても失礼なことをしてしまった。あなたを彼女の代わりにしようとしていたなんて」
「誰も、一人の人間の代わりになどなりません」
不意に、エルネスの顔が浮かんだ。その理由について深く考えることがないまま、私は彼と別れ家路についた。
そのひと月後、父から男性が戦争で死んだことを聞かされた。
最初のコメントを投稿しよう!