アリスと青い薔薇

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 空襲は止んだ。静けさの中、思考を漂わせていた。  何故あの時、彼女の顔が浮かんだのか。  黄みがかったブラウンの瞳、私を見て目を細めた時の優しい表情、子どもに御伽噺を聞かせるみたいな穏やかなトーンでゆっくりと語りかけてくる声ーー。  腕に嵌めた青い薔薇のブレスレットを見た時、咽び泣きたいくらいの熱い感情に突如として襲われて、私は執事が止めるのも聞かずにシェルターを飛び出した。  何にも代えられないものがこの世にあるのだとしたら、今のこの気持ちがーーとめどなく溢れてくる涙の全てがそうだった。  これまでこの感情に気付かぬふりをしてきた。それを認めてしまうことが、いつかこの戦争によって彼女を失うかもしれない現実と向き合うことが怖かったのだ。  自分の臆病さを呪った。できることなら、今すぐ彼女に気持ちを伝えたかった。だが、伝えたとしてどうなるだろう。遠い戦地で彼女が生きていたとして、私の気持ちが足枷になり、彼女から闘う勇気を奪ってしまうことになるまいか。  彼女は以前、この国が、国の人々が大好きなのだと言った。愛する国を守るために、命懸けで闘うのだと。私には彼女とともに我が身を投げ出す勇気はなかった。そうしなかったことを、激しく悔やんだ。 「無事に帰ってきて」  彼女が出兵する日、駅のホームで私は彼女に言った。彼女はいつものように優しく微笑んだ。 「うん、絶対に帰ってくるよ」
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