アリスと青い薔薇

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 隣国に亡命した私たちは、小さな港町でアパートを借りて暮らした。それまで大事にとっておいた宝物の類は粗方売り払った。本国の戦況をテレビやラジオで聞くことはあったが、一年経っても依然として膠着状態だった。  エルネスの安否は未だ分からぬままだった。住んでいるところも変われば、手紙が届くこともない。  いつか戦争が終わったとして、私たちの生活は元には戻らない。綺麗なものに囲まれ、家族と笑いあい、隣にエルネスがいる日々は失われた。それでもかろうじて私を生かしているのは、妹の存在だった。クローバーは歌が得意で、将来は歌手になると言っていた。幼い頃聖歌隊に入り教会で歌っていて、地元の声楽科のある音楽学校に入学が決まっていた。今彼女は、海の側のクラブハウスで歌ってお金を稼いでいる。一度は戦争によって夢が潰えたと思われたが、本人は「歌える場所があるだけ幸せよ。お金が溜まったら機材を買って、YouTubeで歌を披露するの」と常に前向きだ。  私はというと、クラブハウスから2ブロックほどの場所にある雑貨屋で働いている。そこの夫婦は、私を娘のように可愛がってくれた。  そんなささやかな日常が続いていたとき、それは起きた。
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