15人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、野崎さん。あの本どうだった?」
翌日、昼休みに入るとお弁当を開く間もなく喜田君が駆け寄ってきた。尻尾が生えていたらブンブンと振られているだろうってくらいウキウキしている。私が気に入らなかった可能性なんて微塵も考えていないようで、まさにその通りとなっていることがまたちょっと悔しくて、無言で二冊の本を差し出す。
「えっと……?」
「約束だから。私のオススメの本」
おおっ、という声をあげたのは喜田君ではなく、教室のあちこちからも似たような声が聞こえてきてこの場から逃げ出したくなる。
喜田君に差し出したのは昨日借りた「死神の輪廻」と、私の本棚から引っ張り出してきた「廻る」という小説だ。
喜田君は「廻る」だけを受け取ると、「死神の輪廻」を私の方へ押し戻した。
「それ、二周三周するとまた違った面白さがあるからさ、また読んでみてよ」
首をかしげる私に喜田君は相変わらずニコニコと笑っている。それはまるで純粋に趣味を共有できることに楽しみを覚えているようで。その笑顔に毒気を抜かれてしまい、曖昧に頷きながらその本を受け取る。
「よかった。その本、野崎さんはきっと好きだと思ったんだ」
「どうして?」
えへっ、と照れを隠すように喜田君は本を持っていない方の手を頭の後ろに持っていく。
「前から野崎さんの噂は聞いてたんだけど、同じクラスになってから野崎さんが読んでる本見てて、こんな作品が好きかなあって。当たってたみたいで良かった」
四月に入ってから教室で読んでいた本を思い返す。
確かに似た傾向の小説を読んでいたけど、そんなにメジャーなものは読んではいなかったと思う。
元から内容を知っていたか、私が読んでるのを見てから読んだとしても――そこから私が好きそうな本を選ぶというのはやっぱり色々な作品を知っていないとできないと思う。
「あ、ゴメン。もしかしてなんかストーカーっぽい……?」
じっと黙っていた私に不安を抱いたのか、喜田君がおどおどと頬をかく。
確かに読んでる本をこっそり見られたりしていたわけだけど、不思議と嫌な感じはしなかった。
「ううん。本当に好きなんだなあって」
「よかった。これ、楽しみに読ませてもらうよ」
私の言葉に喜田君はホッとした様子で息をつくと、本を大事そうに抱えて自分の席へと戻る。けれど、途中で何かを思い出したかのように私の方に駆け戻ってきた。
「そうだ、もしよかったらアドレス教えてよ。本の感想伝えるからさ」
胸の奥の方が不自然にドキリと跳ねた。
昨晩ぼんやりと考えたことを目の前に見せられて心が揺れる。なんで彼はこう、私が欲しいものをわかってしまうんだろう。
やばい。ちょっと照れくさそうな笑顔をまっすぐ見られない。差し出された黄色い携帯電話に表示された喜田君のアドレスをじっと見て自分の携帯に打ち込んでいく。
「おっ、来た来た。感想送るかもだけど、気が向いた時に返してくれたらいいから」
「……うん」
自分の席へと戻っていった喜田君を見送ったあとも教室からチラチラと視線を感じて、喜田君から押し戻された本だけを持って逃げるように教室の外に出た。
最初のコメントを投稿しよう!