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「……成宮はさ、何で転校してきたん?」
ねじ田トークが一通り白熱したところで、俺は訊ねた。成宮が手のひらで顔を仰ぐ仕草を止め、深刻な表情で押し黙る。息を整えているのかと思ったら、どうやら違うようだ。
マシューだから話すんだけど。
そう前置きし、成宮はぽつぽつと語り始めた。
東京に住んでいた頃、成宮の父親は塾講師をしていたのだという。ある日、事務室に一人の女子生徒が駆け込んできた。『成宮先生に襲われました』と。夏期講習で居残っていた彼女と成宮の父親は個室に二人きりだった。彼は女子生徒の証言を否定したが、味方をするものは一人もいなかったそうだ。
噂だけが尾ひれを纏いひとり歩きした。成宮先生が他の女子生徒にもセクハラをしているのを見かけただの、厳しい指導を行う先生を逆恨みした女子生徒が嘘をついた可能性があるだの。
ついに真実が明らかにされることはなく、父親は退職を余儀なくされ、成宮は高校で孤立。母親が精神に異常をきたしたことをきっかけに、ここへ引っ越してきたとのことだった。
「大変やったな……」
苦労知らずの恵まれた人間だと思っていたのに、そんな過去を抱えていたなんて。俺は言葉が出なかった。ようやく捻り出せたのは、ひどく他人行儀な一言だけ。それでも成宮は目尻に涙を溜め、「ありがとう」と頭を下げる。俺はそれを、直視できなかった。
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