変わってる奴

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笑って言えるのか? 少しでも共にした奴が離れて行くことを? 「離れて行ってもいいのか?」 どうして笑って言えるんだ? 「そいつがそうしたいのならすればいい。我慢して一緒に居て誰が楽しいんだ?」 誰が楽しいんだ? 誰が? そうか 自分は? あいつらは近くに来て、きっと楽しんではいない自分を見て離れて行ったのかもしれない それは、誰も楽しくないから 失望を吐き捨てて行ったあいつですら、それ以上我慢することでお互いが辛くなることを終わらせてくれてたのだ もしかしたら、何故自分の楽しさを考えない?という強烈なメッセージを残して 「さ、そうと決まれば行くぞ!」 何か決めたとは言っていないのだが、そいつは颯爽と歩きだす。 前を歩き出したそいつの肩には大きな旗が掲げられている。 いつの間にか共に旅をすることになった男に聞く。 「なあ、ずっと気になってたんだが、あれは何なんだ?」 すると男は、はぁ~とため息を吐きながら 「先程賭けに勝って手に入れた物だ」 これでもかという程眉間に皺を寄せている。 「旗だよな?何の旗なんだ?」 どう見ても旗だが、賭けで手に入れたいくらい貴重な物なのか。肩に当たりながらはためいているそれは、普通とは少し違う形をしていて、価値があると言われなければ、描かれている絵もへんてこな物に見えてくる。 「知らん。何か説明しようとしていたが聞かずに歩き出してしまったからな」 知らん? 「あいつ、あれが何の旗だか知らないのに、賭けで手に入れる程欲しかったのか?」 あんな、へんてこな旗を? 「いつものことだ。その時欲しいと思った物を手に入れる。それが何であるかは関係ないらしい」 はぁ~と、魂まで出てしまうような深い溜め息を吐きながら教えてくれる。 ほんとに変わった奴だ 行き交う人達が何人も不思議そうに旗を見て通り過ぎて行く。 そんな事に気付いてないのか、気にしていないのか、軍旗なのか国旗なのか何なのかわからない旗を満足気に肩にかけて堂々と歩いている。 今ここで、この旗の価値を握っている者はこいつだけなのだ。 どんな曰く付きだろうと、無名の職人が作った物であろうと、何処かの王宮で使われてた物であろうと、もはやそれは関係ないのだ。 「なあ、あいつとの旅は楽しいか?」 どう見ても楽しんでるようには見えないのに、短い付き合いではなさそうな男に聞いてみる。 「楽しい?そう思ってるように見えるか?」 不機嫌が刻み込まれたような表情のままで、信じられないというように言った。 「だったら何であいつと居るんだ?兄弟かなんかか?」 全くそうは見えないが… 「……旅に誘われた時、本当に嫌になったら離れればいい。そう言われた。…あいつと居ると本当に毎日疲れる。今日は疲れたから明日話をして離れよう。そう思う毎日が続いているだけだ」 と言って、ふいっとそっぽを向く様子は、まるで子供が拗ねているようだ。 面白い奴 本当に離れたいのなら、今こうして自分と話をしている時間に話せばいい。さっきまで自分が働いてた店でも話せただろう。 こんなに不機嫌極まりない顔をしながら、あいつの傍を離れる気がないのだ。 あいつの言う通りだ 「なんだか凄く楽しくなりそうだ!」 大声でそう言って両腕を天高く突き出す。 周りの者達がぎょっとしてこちらを見ているが、どうでも良かった。 大きな旗を掲げた奴が顔だけ振り返って、 「そうだろ?」 と楽しそうに笑う。 すぐに離れることになるかもしれない。それでも今こんな気持ちで、こうして笑っていられる時間が手に入れられた。それだけで後悔はしないだろう。 もしかしたら、横を歩くこの男のように、あいつに振り回されながら溜め息をつくことになるかもしれない。 その時はその時だ。それでも傍に居たければ居ればいい。 「あ!何だ?!あれ!おいアーロン!ちょっとこれ持ってろ!」 男の返答を待つ気など最初からないようで、言いながら誇らし気に担いでいた旗を男に押し付け走り出す。 男の眉間が更に深くなり溜め息が聞こえる。 なんだか笑えてくる。 こいつらと居ること。それは、今までの世界で生きてきたのとは違う気がする。自分の世界で生きて行く。そんな気がする。 「おい!あれって何だ?」 そう言って、よくわからん旗を持たされた男を残して駆け出した。
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