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放課後、掃除当番だった私はほうきで教室の掃除をしていた。
教室にはあんまり人は残っていない。部活に行く人は行ってしまったし、補習がある人は補習に行ったし、用のない人は家に帰っていく。
ふと視線を上げて教室の窓から外を見ると、校門のあたりを二人の男女が楽しそうに会話しながら帰っていくのが見えた。
男子生徒のほうはアキラだ。見慣れた背中なので遠くから見ても分かる。隣にいる女の子のことは名前だけ知っている。
二週間前まで、アキラの隣で歩いていたのは私だった。
掃除が終わると私は一人で家路についた。家に帰るとお母さんに夕食の前に風呂に入っちゃいなさいと言われた。はーいと言って私は風呂に入った。
風呂につかりながらぼんやりと考えた。アキラと私は中学生のころから帰り道はいつも一緒だった。私たちの家が近所だったことからごく普通に一緒に下校することが多かったのだ。
アキラとの帰り道での他愛のない話が楽しかった。今日の給食はどうだったとか、体育の授業の感想とか、昨日、お母さんに怒られた話とかそういう内容のない話だ。帰り道でのそういった何気ない会話がその日一日のクライマックスだった。
思春期を迎えたクラスメイトからはよくからかわれた。だけど、私はあまり気にしなかった。私たちが二人でいられることの幸せに比べれば周囲に何を言われても気にならなかった。
「アキラはいつまでも子供だからな」
当時、私がそう言ってからかうとアキラは「お前もだろ」と言い返してきて、私たちは笑いあっていた。
でも、私たちはどんどん大人になっていく。いつまでも子供のままではいられない
中学を卒業して、私たちは同じ高校に入った。中学に入学したころは同じぐらいの身長だったアキラはどんどん背が伸びていって、私は歩きながらいつしかアキラの顔を見上げるようになった。このままいくと高校を卒業するころには3メートルぐらいになっちゃうねとからかったりした。
全てが変わったのは二週間前の帰り道でのことだった。
アキラがある女の子から告白された。そして、アキラはその告白を受けて、付き合うことになったと私に言った。初めて真面目に付き合ってみたい女の子ができたんだとアキラは言っていた。
「だから、もうお前とは一緒に帰れない。明日からは彼女と帰る。お前と帰るのは今日が最後だ」
「そっか。うん、そうだよね」と私は言った。
アキラは少し考えた後でぼそっとこう言った。
「わりいな」
「悪いって何がよ」と私は言った。
「何がってなにかだよ」とアキラは少し怒ったように言った。
今になってアキラが何に謝っていたのかが分かる。私たちの初恋が終わることをアキラは謝っていたのだ。
言うまでもなく、私たちは恋をしていた。でも、それを言葉にする勇気や器用さは私たち二人にはなかった。いや、少なくとも私にはなかった。二人のこれまで築いてきた関係があまりに気持ちのいいものだったので、それが失われるのが怖かったのだ。
アキラがもし私に告白してくれていたら私はいったいどう答えていたんだろう。分からない。でも、7:3で私はごまかしたと思う。そしてアキラは私がそうすることに気が付いていたんだろう。私の無邪気さを装ったずるさに。
私は今、ビビッて逃げまわっていたことの罰を受けている。風呂を出てシャワーを浴びて髪を洗いながら私は泣いた。どうしよう、涙が止まらない。どれぐらいそうしていたのかは分からない。いつまで風呂に入っているのよというお母さんの声がした。シャワーを止めて泣くのをやめると私は「今、上がるよ」と言った。
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