3人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
俺は、一本の煙草を呪った。
急に吸いたくなって、真夜中のビルの屋上に来た。
すると、一人の若い女が、今まさに、屋上の手すりを越えて、飛び降りようとしていたのだ。
厄介な現場に来てしまったと思った。
ここは、地上13階。
落ちたら、まずは助からない。
俺は、動揺しながら、その女に、震える声を掛けた。
「ちょ、ちょっと、あんた……死ぬには、まだ若いって!」
女が振り向いた。
そして言った。
「死にたいのに、年は関係ないです」
冷静な声だった。
俺は、もっと、焦った。
「死んだら、親や、兄妹や、友達が悲しむぞ!」
「親は、二人とも自殺しましたし、兄妹はいません。友達も、みんな離れていきました」
「で、でも、せっかく親が腹を痛めて産んだ命だ。無駄にするな!」
「母は、ずっと、私のことを、産みたくなかったと言っていました」
「え、えーっと、あれだ、あれ……」
俺は、説得する言葉がなくなった。
しかし、どうにか、ひねり出した。
「人間は、生きてるだけで、人を救っていることもあるんだ。早まるんじゃない。きっと、これからいいことがある」
女は、俺の顔をじっと見た。
「私は、あなたを救ってる?」
「ああ、そうだ」
俺は、答えた。
「あんたが、ここで死ななければ、俺は、人の命を一つ救えたことになる。
それは、きっと、俺がこれから一生、生きても、出来ないかもしれないことだ。あんたが、俺を救うことと同じなんだ」
女は、じっと俺の目を見つめた。
「私が、あなたを救える?」
「ああ、そうだ。俺はあんたが誰かも知らないが、死んでほしくない。これは、心の底から思う。死なないでくれ」
俺は、心からの本音を話していた。
女が、かすかに、微笑んだ。
そして言った。
「分かりました。今日は死ぬのを止めます。でも、また、死にたくなっちゃうかもしれないけど……」
「そん時は、また、俺と会おう」
俺は、思わず、言っていた。
すると、女は、一筋の涙を流した。
そして、言った。
「ありがとう……」
END
最初のコメントを投稿しよう!