「磨く」

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「磨く」

 彼の墓は、港の見える丘の上にある。最寄り駅からバスに乗って約30分。平日の昼間に乗るバスはいつも空いていて、窓からはゆっくりと流れる街並みと優しい海の香りが感じられる。私はこのバスに乗っている時間が好きだ。彼に会いに行くための、大切な、何よりも愛おしい時間だ。  今日は新しく買ったリップがなんとなく唇に馴染まず落ち着かない。この間久々に買った、今までつけたことのないような淡いコーラルピンクのリップだった。今まではずっと、鬱陶しいくらい赤いリップをつけていた。この色が自分の好みだったかと言うと、別にそういうわけでもない。でも、彼が喜んでくれたから我慢してつけ続けたら、自分にとっても好きな色になった。今私がつけているリップは、彼の好みとは違うかもしれない。でもきっと、彼はこのリップをつけた私のことも好きでいてくれるはずだ。  バスを降りて5分ほど坂道を歩くと、その霊園は見えてくる。外国のような白いアーチをくぐった先に日本式のお墓が並ぶ、何とも言えない不思議な霊園だ。しかし、そこから見える海の景色があまりにも美しいからか、ここを自らや家族のお墓に選ぶ人は少なくない。若くして亡くなった彼を大切に弔うために、彼の両親は大金をはたいてこの丘の上の霊園を買ったらしい。いつ見ても植木が丁寧に切り揃えられている。ここに眠る人たちは、きっと幸せなのだろうと思う。いや、どうか、幸せでいて欲しいと思う。
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