人たらしヤクザ、店じまいをする――ヤクザ meets インテリ刑事

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人たらしヤクザ、店じまいをする――ヤクザ meets インテリ刑事

(1) 「……テメェ、いい加減にしろや」  スマートフォンを手にした入江誠が、低くドスを利かせた。  常ならば、四十がらみの入江が周囲に見せるのは、年相応の渋みを纏いつつも、ごく懐っこい笑顔だ。  クッキリとした目鼻立ち、よく動く両眉に大きな瞳。  生え際の後退の兆しが見えるやいなや、潔く短く刈り込んだ頭髪。  そして、笑顔の残像のような、口もとのちいさく乾いた皺。    どうにも憎めない好人物。  普段の入江に対しては、そんな印象を抱かずにはいられないだろう。  ――だが、その生業は、実は「ヤクザ」だ。  東京の北の果て赤羽。  JRの東口、駅ビル「ビーンズ」の裏手には、築数十年から築浅までマンションに雑居ビルが事欠かない。  そんな一画に、入江の「事務所」はあった。  時勢柄、そこは表向き「調査事務所」を装っている。   「だぁから、いつまで向こうにガタガタ言わせてやがンだ、ボケ!! さっさと取るモン取ってこいや」    入江の怒声が続く。 「グダグダ時間かければかけただけ、人目を引くだろうが、バカが! 今日日はなぁ、騒がれたら『終い』なンだよ。SNSとかなんだとかあるだろう? 田中ぁ、オマエもいい加減、それぐらい分かれや」  ヤクザらしくないことだが、入江は普段、手下に対しても、めったに声を荒らげない。  スーツ姿の三十男が、入江のデスクの傍に突っ立ったまま、少しビビッて、ゴクリと唾を飲み下した。   「調査事務所」を擬態している以上、手下には基本的にスーツを着させている。露骨にヤクザ風の服装なのは、入江ひとりだけだった。 「で、いくら取って来るつもりだ。あぁ? 一本だと? なにボケたコトぬかしてやがる? ふざけんなや! うちトコがアソコに、どんだけ金を仕込んだと思ってんだ!」  そこでふと、入江の表情が変わる。  その口もとに、柔和な、だがそこはかとなく色気もある微笑がクシャリと浮かんだ。 「まあな、十本とは言わねぇがよ? そうさな……せめて七ぐらいは取ってこいや。オマエももう、ガキじゃネェんだからよ、田中」  入江の口調が、完全にいつもの色に戻る。  囁くようでいて――だがいつどんな時も、ハッキリと言葉を聞き取れる。  そんな声に。 「な? やればできるオトコだろ、オマエは? いいな、五分でカタつけろ」  入江が電話を切る。  そして、溜息交じりに首を回し、「おう、トシ」と、耳障りのよい、よく通るウィスパーヴォイスで呼びかけた。 「怒鳴ったら喉乾いちまった。茶」 「はい、所長」  ジーンズ姿の若い男が、慌てて椅子から立ち上がる。  すると、コツンコツンという軽い音が、事務所の中に響き始めた。  外の廊下からで、次第に近づいてくる。  ――何の音だ?  入江が耳をそばだてる。  両開きの玄関ドアが開く音。  事務所の前室へと、誰かが入ってきた。  そして「受付」がわりに置いているガタイのいい若い衆が、「アポイントはおありで?」と、口先だけはやんわりと、客に問いかける。 「約束は、無いな」  男の声が、やけに端的に応じた。 「だったら帰れや」  「受付」が、今度は明らかに凄んで見せる。  直後に鈍く響く音が続き、ドサリと何かが倒れた。  ったく。  ここは一応「調査事務所」なんだからよ。そんな簡単に手ェ出すなって、いつも言ってンだろうが――  入江が俯いて、クシャリと頭を掻く。  まあ、しょうがねぇか。アイツも若いから。  元気ありあまってンだろう。  だが、数秒の沈黙の後に続いたのは、またしても「コツンコツン」という音だった。    オイオイ、待てよ――  殴られたのは、うちの若いモンの方かよ!?  入江が目を見開く。  それと同時に、事務室のドアが開き「客」が姿を現した。  日本人離れした長身。  見るからに仕立ての良いスーツに包まれているのはごく細身な身体だった。青みがかって艶めく黒髪。こめかみに交じる白髪が妙に印象的だ。  しかし、他のなによりも目を引くのは、男の右足の膝下が「無い」ことだった。義足すらついていない。  先から響いているコツコツと硬い音は、男の持つステッキが床に当たる音だった。  事務室の男どもが、一斉に立ち上がる。  隻脚の珍客が、ゆっくりとジャケットのボタンを外す。  そして内ポケットへ指を滑らせた。  取り出されたのはチョコレート色の二つ折りケース。  男は、それを開いて提示する。  警察手帳だった。事務室の空気が、一瞬凍りついた。  部屋の一番奥で窓を背に座っていた入江が、ついに立ち上がる。 「これはどうも。警察のかたでしたか」  クルリと大きな丸っこい目を瞠って微笑みながら、男へと歩み寄った。 「さぁて、本日はどんなご用向きで? えっと……」  入江は警察手帳を覗き込む。 「天馬…祐一、警部補?」 「ああ、そうだ」  隻脚の掲示が、律儀に返答する。 「刑事さん、赤羽(ここいら)じゃ、あまりお見掛けしませんやね。どちらの署で?」  入江が微笑んで囁く。  まっすぐに相手の瞳を覗き込んで、とてつもなく屈託ない様子ながらも、単なる「無邪気さ」とは一線を画す入江の微笑。  「四十がらみのオッサンの笑顔」でしかないのだが、そこには、どうにも惹きつけられて堪らない魅力があった。   しかし天馬は、入江の微笑に表情をひと筋も乱すことなく「豊島中央署だ」と応じる。  「で? ご用件は」 「用件……ああ、そうだな。別にいましがたの電話の件ではないから心配するな。おおかた東川口のタワーマンション用地の地上げ絡みだろう? ウチではなく浦和南署の所管だな」  図星を言い当てられ、入江の頬が微かに痙攣した。  とはいえポーカーフェイスならば、入江とて年季が入っている。  すぐに、なつっこく柔和な笑顔を作り直して話を続けた。 「なるほど? おっと……『所管』っていえば、赤羽はいつから『豊島中央署』の管轄になったんですかね、天馬警部補」 「ここは『調査事務所』なのだろう?」  言いながら、天馬がガラス窓に白い文字で貼り付けられている「表向き」の社名を親指で差し示す。 「相談に乗ってもらいたいことがあってな」 「へぇ……『相談』ねぇ」    独り言に近いほどの声量で呟いてから、入江は、 「立ち話もなんですし。どうぞこちらへ、刑事さん」と、奥の個室へ天馬を誘った。  天馬がステッキと共に一歩を踏み出した。  片足での歩行だ。それほどの素早さはない。  だが、その姿勢は怖ろしく良かった。    「隻脚のファッションモデル」というものが存在するのかは知らないが、もしいるのなら――こんな感じでランウェイを歩くのかもな。  入江は思わず、そんな感想を抱く。  個室には、小さな応接セットが置かれていた。  一応、ここはヤクザの「フロント企業」のオフィスなワケで。この部屋も、「応接室」という名称の、「体のいい監禁部屋」というのが、まあ正しい説明になる。  そんな部屋へと、むしろ優雅ともいえるステッキの音をさせながら、天馬は悠々と入っていく。  トシは、頼まれていた茶を淹れ、盆を持って立ちすくんでいた。  入江は自分の湯飲みを摘まみ取り、 「おい、ポヤッと突っ立ってねぇで、刑事さんの茶も用意しろ」と、また指示を飛ばす。 「不要だ」  振り返りもせぬまま、天馬はすかさず言い放った。

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