弔いと餞

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……敗者に道は続かない。 勝者は赤い道を敷いていく。 「戻れるのなら戻りたいよ……!」 私は道の前で膝を折ってくずおれた──その目の前には道の全てを染める祝福の赤が広がっている。後ろでは『振り分け』を待つ人々が列を成して待っている、早く、はやく行かなければ。後が詰まっている。 ……もう一度、道の奥に向けてとおく視線を投げた。 「──……、」 暗がりの先に真っ赤な光が見える。 『あれ』に向かって進めということだろう。 「……」 私はここに来る際に見知らぬ男から手渡された手元のグレネードをじっと見詰めた。段々と吐き気が込み上げてくる、背筋を這い上がる悪寒も酷くなってきた。でも、やらないと帰れない。私は帰る、帰らないといけないんだ。 ──パァン! 暗闇の中、無慈悲に号砲が鳴った。 「──っ、」 びしゃ、びしゃ、道を染める赤い色の飛沫が派手な音を立てて跳ねるが、想定よりも粘性が有って足を取られる。履いていたズボンの裾は水分を吸って徐々に重くなり、尖った神経に拭いがたい不快感をべっとりと擦り付けてきた。 「──!」 「──……」 ……道の右から助けを求めるように手を伸ばすのは幼い頃の私、左から寂しそうに顔を出すのは高校生の頃の私。手を掴もうとするのを跳ね除けてその顔にグレネードを叩き込んだ。その姿が爆ぜるさまを見ることもせず、一心不乱に光を目指した。 「は、っ……はぁ、」 ──そうしないと、私は『過去の私に囚われて』一生このままで居ることになる。 走る、奔る。ひたすらに走る。 「……どれだけ居るの……!?」 ──一体いくつの『私』の最期を見送れば、あの光に辿り着けるのか──募る疲労感に足が縺れ、私は赤い液体の中に前のめりに倒れ込んだ。徐々に、徐々に、液体がじっとりと洋服に染み込んでいく。今ここを走っていた私も、辿って来た過去の『私』の最期となるのだろう。 「──はは、」 ……帰りたい、なんだかあったかい、ねむい。 もう、このまま── ──── 事態を眺めていた観測者は笑う。 「──やあ、おかえり」 「自分が辿るはずだった過去の分岐を見るのはどうだった?……君が破壊してきたモノ。あれは君が選択しなかったもしもの君、選ばれなかった明日を進んだ君──君たちの姿だよ」 観測者は嗤う。 「愛おしかったかな?それとも不快だった?」 「それだけの自分を押し殺して得た『自分』、大いに結構なことだ。その努力の分だけ今の自分を大事にすればいい」 「──なんて。少し、揶揄いが過ぎたかな」 観測者であり、傍観者は嘲笑う。 「だが、忘れては駄目だよ」 そうして囁く。 「過去の自分の弔いは、未来の自分への餞になる」
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