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翌年春の町子姉ちゃんの葬式に、蒼子は呼ばれなかった。葬儀に参加した妹から、事後報告があったきりだった。
蒼子は思い出していた。町子姉ちゃんと過ごした、夏の日々のことを。
ある夏の日、幼かった蒼子は、町子姉ちゃんに喫茶店に連れて行ってもらった。外食なんてとんでもない、という家に育っていたから、喫茶店に入ったのも初めてだった。
妹も母もなぜかおらず、蒼子だけがいた。町子姉ちゃんは、まだ大学生ぐらいだったと思う。
蒼子も、幼いながらに、町子姉ちゃんはたぶんそんなにお金を持っていないんだろう、と思った。
古くて小さな喫茶店だった。冷房の風に混じって、海風のしょっぱい匂いがした。えんじ色の占いマシーンが、物珍しかった。
「どれでもいいよ。暑いから氷がいいかな。」
町子姉ちゃんは言ってくれた。
蒼子はブルーハワイの鮮やかな青にこころ惹かれた。ブルーハワイ味というのは食べたことがなかったけれど、ソーダのようにスッとするんだろうと思った。
ブルーハワイ味のかき氷が、想像と全然違ったことに、蒼子はショックを受けた。でも町子姉ちゃんは、少ないお小遣いでご馳走してくれたのだ。残すわけにはいかない。
蒼子はずっと、町子姉ちゃんが奢ってくれたブルーハワイ味のかき氷が好きになれなかったことを、申し訳なく思っていた。
いつかどこかで会うことがあったなら、そのことを謝りたいと思っている。あの虫のことは……どうしようか、謝れるだろうか。
いつかどこかで、会うことがあったなら。
〈おしまい〉
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