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いつも自信満々で迷いがないこの人が言い淀むなんて。一体どんな言葉が飛び出すのやらと、少しの好奇心を抱きつつ待っていると。
「……あのさ」
ようやくヒロさんが口を開いた。
「はい」
「その……土曜の友達って、男?」
「……はい?」
二度目の「はい」の語尾が思わず上がってしまったことは許してほしい。だって想定外だ。全然ヒロさんのイメージじゃない。
「いや、別に男だったらどうって訳でもねえんだけどさ」
あたしが余程目を丸くしたからだろうか、ヒロさんが慌てたように付け足した。
「なら聞かなくてもよいのでは?」
ついズバッと言ってしまうのがあたしの悪いところだ。さすがに失礼だったかしら、と反省したけど、ヒロさんはバツが悪そうに口を尖らせた。
「んーでも、その……まあ、気にならないこともないっつーか、その……」
困ったような表情でポリポリと頭を搔くこの人は、本当にヒロさんなんだろうか。意外過ぎる一面を突然見せられて、こっちの方が大いに困惑だ。
でも──。
今更気づいた。あたしはヒロさんのことをまだ全然知らない。きっと出会い方のせいだろう。歳上でしかも上司だ、なかなか対等に向き合えない。
全然知らないまま、圧の強い苦手なタイプ、と勝手に決めつけて、早急に「ナイわ」と判断していた。それどころか、どう断ろうかでお荷物扱い。なんて傲慢なんだろう、あたしってやつは。
「……なあ。なんか言ってくれねえと居心地わりぃんだけど」
どの会議室も使っていないお陰で静かな廊下に、ヒロさんの声がやけにクリアに響く。
あたしだって居心地が悪い。だって、ヒロさんの瞳が、あまりに熱っぽいから。そんなこと、初めて思った。
「ねえ、一条さ……ううん、ヒロさん」
職場だけど、敢えて名前で呼ぶ。それが今見せられる精一杯の誠意だと思ったから。
「なんだ?」
「もし『男』って答えたら、どんな気持ちになるの?」
質問に質問で返すのは狡いのかもしれない。でも、狡いのはヒロさんも一緒だ。「付き合うか?」と勝手に提案しておいて、肝心の言葉はもらっていない。
付き合う付き合わないを考える前に。この人は、あたしに気持ちを見せる義務がある。そしてあたしは、この人の気持ちに向き合う義務がある。
「……くだらねえこと聞くなよ」
不貞腐れたように小さく吐き捨てたヒロさんの顔は、ほんのり赤かった。
「そんなの、嫉妬するに決まってる」
「……そっか。じゃあ『女』って答えときますね」
あたしはそう返して、足元のダンボール箱を持ち上げた。
ヒロさんの熱が伝染って、頬が焼ける。向き合うと決めたけど、相手に迫られる恋愛事はやっぱり苦手だ。ガラじゃない。
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