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「じゃあ、ちょっと場所を移動しましょうか」
「……え?」
「ここだと、騒がしいでしょう?」
なんてことない風に拓海はそう言うが、愛美からすれば戸惑うほかない。
ここならばほかの人間の目がある。それすなわち、変なことはされないということだ。
(……でも、こんなにも品のいいお方ならば、何もしないわよね?)
襲ってきたり、キスもしてこないはずだ。それに、彼はただ純粋に話したいと言ってくれている。……断るのも、忍びなく思ってしまう。
「下に、俺が泊まる予定の部屋があるんです。……よろしければ」
でも、さすがにホテルの一室はまずくないだろうか?
愛美の心が、警告を鳴らす。……だけど、それ以上に彼と一緒に居たかった……の、かもしれない。
「……はい」
拓海が差し出した手に、愛美は手を重ねる。すると、彼はその口元をふんわりと緩めてくれた。……確かな色気を醸し出す、大人の男性だ。
(なにかしら、本当に、胸の奥がざわざわとする……)
こんなにも顔のいい男性に二人きりで話そうと言われて、柄にもなく舞い上がっているのかも――。
もしくは、酔いが回り始めているのかもしれない。愛美は、あまり酒に強くないのだ。
「……っつ」
拓海の手が、愛美の腰に移動し、その華奢な身体を抱き寄せる。驚いて彼の顔を見上げれば、彼はなんてことない風に前を向いていた。だからこそ、気が付く。
これは一種のエスコートなのだと。
(そうよ。意識しすぎるのもよくないわ。だって、拓海さんはただ私と話したいだけのはずだもの)
自分自身にそう言い聞かせ、愛美は拓海に連れられ、広間を後にした。
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