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からん、ころん。
通りに下駄の音が響いた。
つないだ手の先で、あの人が困ったように笑った。
「やっぱり履きづらいやろ、無理せんでええ」
彼は頭を振った。これがいいと言った。遠慮せんでも新しい靴買うたる、とあの人は言ってくれたけど、彼はこれがいいと言い張った。
ボロ靴しか持っていなかった彼に、とりあえず、とあの人が渡してくれた下駄だった。
その昔、身寄りのなかったあの人がほうぼうを回り住み込みで働いていた頃、一番良くしてくれたのが下駄作りの職人だったという。
その後、縁があって東大阪に落ち着き古書店を営むようになったが、あの人は時折思い出したように下駄を作る。
そのうちの一つを今、彼は履いている。
からん、ころん。
商店街に下駄の音が響く。
誰に阻まれることもない。誰に疎まれることもない。
この下駄を履いていれば、自分はあの人との繋がりを証明できる。
自分は、ここにいるのを許されていると、この下駄が示してくれる。
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