八奈結び商店街を歩いてみれば~春やん~

2/4
前へ
/129ページ
次へ
 だからずっと彼は、下駄を履き続けた。  次第に背が伸び、足も大きくなって、下駄も何回か代替わりした。そのたび、あの人はやっぱり困ったように笑って、言った。 「おまえさんが必要としてくれるなら、下駄なんぞなんぼでも作ったる――せやけどな、これがなくてもええと思える日が早う来るようにとも、思うとる」  彼がぼんやり見つめ返すと、あの人はいつだって頭を撫でてくれた。 「それにはまず、心にもないことを口にするのを止めることからや。少しずつでええ――おまえさんの本音を聞かせてんか……あの日みたいに」  彼は言葉の意味がわからないふりをした。きっとあの人もそれに気づいてはいたけれど、何も言わずに、待っていてくれた。  彼が、心の底を打ち明けてくれる日が来るそのときを。
/129ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加