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5 解雇された男
「そうそう、そういう話でした。で、なんでその話を本当だって言えるんです?」
ハリオがにこやかに男に水を向けた。
男は当然だろうが気にいらなさそうな顔を横に向け、言い渋っているようだったが、色々と考えたのだろう、渋々のようにだが口を開くことにしたようだ。
「俺は元王宮衛士なんだよ」
「なんですって!」
アーリンが驚いて声を上げた。
「元ってことはやめたんですか? 王宮衛士なんてそう簡単になれるもんじゃないし、やめる人がいるなんて思いもしなかったですよ」
「自分でやめたわけじゃない!」
男がキッと眼尻を上げてアーリンに言い返す。
「やめさせられたんがよ! 俺だって一生を王宮衛士として王宮にお仕えするつもりだった!」
悔しそうなその瞳に薄っすらと涙が浮かんでいるのが見られた。
「やめさせられたって、一体何をしたんです?」
ハリオがなだめるように少し柔らかく男に聞いた。
「何もしてない!」
「いや、なんもなしにそんなことあり得ないでしょう」
「だが事実なんだよ!」
男が血走る目で声を荒げる。
「なんもしてないのにな、いきなりおまえは王宮衛士らしからぬ振る舞いをした、だからやめろ、そう言われてクビになったんだよ! いくら理由を聞いても返ってくるのはその言葉だけだ! 誓って言うが、そんな振る舞いなどやったこともない、真面目に王宮にお仕えしてた! それにそうやってやめさせられたのは俺だけじゃない、この数年で何人もそうやってクビになって、中にはそれが原因で命を絶った奴もいるんだ!」
驚くような話が出てきた。
「えっと、それこそそれ本当? なんですが」
「本当だよ!」
ハリオが「う~ん」と言いながら真偽の程を測りかねる。
ハリオには何よりこの国についての知識がない。王宮衛士という職務についてどう捉えればいいのかも分からない。アーリンが驚いたように自分からやめる人間などいないような名誉な役職なのか、それとも実際にはアーリンのような一般人が知らないだけでちょこちょことある話なのか。それにこの男だって、本人がそう主張するように、やめさせられるようなことなどやらないような真面目な人間なのか、それとも原因になる何らかのよろしくはない行いをしていたのか、本当のところは何も分からない。
考えても何も分からないので、ハリオはしばらくの間、まだ王宮衛士についてなんらかの情報を持っているであろうアーリンに会話を任せることにした。アーリンに目配せするとアーリンもこくりと軽く頷いた。話の聞き手を交代する。
「あの、それで仕返しのためにあんな噂を流してるんですか?」
「そういう部分も多少はないではない」
男が素直に認める。
「けどな、それ以上にそういうことをする今の王様を許せないって気持ちの方が大きい。あの方のおかげでこの国の先行きは真っ暗だよ。ある方に聞いたんだがな、あの反逆を成功させるために、自分の言うことを聞く人間だけに入れ替えるために、忠誠心の強い衛士はなんだかんだ理由をつけてはやめさせていってたって話だ」
「え、まさかそんなこと」
アーリンが目を丸くてして驚くが、
「本当のことだ」
男がとても嘘だとは思えない真剣な口調でそう言うので、アーリンもどう言っていいのか分からず黙ってしまった。
「俺もその前からちょこちょことやめた奴の話を耳にして、まさか自分の意思じゃなくて王宮を辞しているなんぞ思わなかったからな、なんでだろうって不思議に思ってたもんだよ。だけどそうじゃなかった、みんなそうやってやめさせられてたんだって知った。そうやって自分の野望のために罪もない王宮衛士を切り捨てる、それも父王にマユリアを奪われまいと女神欲しさにな。そんな身勝手、非情な方が上に立って、この国の行き先はどうなると思う?」
男の言葉にハリオとアーリンは顔を見合わせた。男の言葉が本当だとしたら、それは確かにそんな者を上に立たせておいてはたまらない、そんな気持ちになろうと言うものだ。
時刻はまだ昼過ぎ、冬近い季節とはいえまだまだ日は高く外は明るいはずだが、板戸を締め切っているので室内は暗い。差し込む日のおかげでまだなんとか互いの顔が分かるぐらいではあるが。
座って話をするだけなら灯りは必要なかろうと、ランプもろうそくも点けてはいないので男の表情ははっきりとは見えないが、それでも分かる、どれほど絶望に暗く沈み、どれほど怒りに赤く染まっているのかが。
「ランプ点けますね」
アーリンが煮こごったような空気を動かしたいかのようにそう言って、ランプを探す。
カチッ、カチッ
火打ち石の音がして暗い室内に火花が弾け、いくつ目かの火花が火口に移り、か弱い火の子どもが生まれた。
アーリンが火口をふうふうと吹きながら附木に移すと、やっと小さな炎が燃え上がり、ランプの芯に移され、もう少し大きな安定した炎が燃え上がる。やっと3人の男の顔が丸い灯りの中に浮かび上がった。
普段は使っていない空き家、台所のかまどにも、暖を取る火桶にも火が入っていないので、この家の中に灯りが灯るのは久しぶりだった。
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