3.冬めく通学路

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3.冬めく通学路

 高校生というのはこうも試験に追われるのか。秋に中間試験をしたばかりなのにもう期末試験なんて。しかも期末だから教科数がエグい。さらに五日間なんて精神も体力もしなびたレタス並みにヘロヘロだ。  しかしそんな地獄も明日で終わり。数学やライティングなどの山場を乗り越え、あとは得意な現代文とリーディングのみで比較的気合いを入れなくても大丈夫なのだ。 「あ、沢野だ。バイバーイ」 「うん、バイバイ」  自転車のハンドルを持って校門前で佇んでいると、後ろから声を掛けられ、自転車を漕いだ友だちに抜かされた。校門から出ていく生徒にチラチラと見られていたたまれなくなる。  帰りたくなくて突っ立っているわけではなかった。約束があるからここにいるのだ。  ――沢野。一緒に帰ろ。  帰り支度をしていると、突然及川君にそう言われた。今まで何度か一緒に通学路を歩いたことはあるけれど、全部たまたま一緒になっただけだったので、こうして誘われて帰ることなどなかった。断る理由なんて持ち合わせていなかった私は、二つ返事で「いいよ」と頷いたけれど、内心ドキドキである。  先に行って校門前で待ってて、と言われたのでその通りに待っていた。及川君が現れるまでの間で、色んな疑問が交差する。  どうしてわざわざ誘ってくれたのか。  どうして一緒に帰ろうなんて言うのか。  どうして教室を出るところから一緒じゃないのか。  どうして私なのか。  全てにおいて分からない。自分に都合のいい考えしか思いつかなくて、自惚れんなと頭を振る。 「沢野」  後ろから聞き慣れた声がして全身がビクッと反応した。気づかれないように小さく息を吐いて「お疲れ」と微笑んだ。 「……じゃあ行こうか」  自転車を押して都電の駅まで一緒に帰る。  まだそんなに寒くない12月上旬。クリスマスに向けて街も彩られ、だんだんと寒くなっていくのだろう。  ……その時、隣にいるのが及川君だったら。  真っ直ぐ前を向いて歩く彼の横顔を盗み見る。半分に開けられた目、何を考えているのか分からない無表情、真一文字に結ばれた唇。  及川君は私のことをどう思っているのだろう。少なくとも嫌われてはいないと思うけど。 「なに? 顔になんかついてる?」 「え? いや、あの、なんで『一緒に帰ろう』なんて誘ってくれたのかな~、なんて……」  及川君は目だけで私を一瞥すると、ぶっきらぼうに「気分」とだけ答えて再び唇を真一文字に結んだ。  えー。なんだその理由。期待した私がバカみたいじゃん。いや、期待って何よ。 「…………」  無言で歩く私と及川君。押している自転車の車輪だけがカラカラと乾いた音を立てる。  えっと……誘ってきたのは及川君だよね? いくらなんでも無言はダメでしょ。  そうこうしているうちに及川君が利用している荒川都電の三ノ輪橋駅が近づいてくる。これでは何のために一緒に帰っているのか分からない。いや、誘ってきたのは及川君なんだけど、私から勇気を出して言ってもいいんじゃないかな。  なにをって、そりゃ…… 「……あのさ、沢野」  及川君が立ち止まった。つられて私も立ち止まる。カラカラと音を立てていた自転車は静かになった。 「うん?」 「沢野に、言わなきゃいけないことが、あって」 「……はい」  及川君の言葉に、ただでさえ暴れている心臓が余計に暴れ出す。  私と及川君は自転車を挟まず隣を歩いている。  しばらく遠くを見ていた及川君だったが、焦点を私に合わせたのか、バッチリと目が合う。二人して瞬きを忘れ、時が止まったように動けない。  及川君の口がゆっくりと開いたとき。 「あれ、及川と沢野じゃん」  突然、野太い声が飛んできた。そちらを見ると、同じクラスの男子だった。自転車をひく私と、その隣にいる及川君を交互に見て「アレ」と漏らす。 「二人って付き合ってたんだっけ?」 「ちが」  違う、と反射で答えようとした。及川君に否定される前に自分で否定しないと、と食い気味で言おうとしたのに。 「そうだよ」  ケロッと、朝の挨拶をするようにスルッと及川君の口から肯定の言葉が出た。「え」と及川君を凝視する私の視線は無視される。クラスメイトの男子は特に驚いた様子もなく「そうか」とひとつ頷いて「じゃ、また明日学校で」と去っていった。 「…………」  え、え、え、え、どうしたらいいの、この空気。っていうか私がどうにかしなきゃいけないの? 及川君のせいなのに? 「……見すぎじゃね」  及川君はチラリと私を見て自転車のハンドルに手を伸ばしてきた。 「俺が引く。家どこ?」 「え、あ、うん。えっと、とりあえず真っ直ぐ、です」 「ん」  商店街を横切り、踏切に差し掛かる。ちょうど電車が出たところで、遮断機が上がり始めていた。  電車通学の及川君とはいつもここで別れていたのだが、今日は一緒に踏切を渡る。  春と秋には、路線に沿って植えられた色とりどりのバラが咲き乱れるのだが、冬の今は色が無い。 「テスト、やっと明日で終わりか」  感情が顔に出ない及川君の頬が、心なしか赤い。  私の自転車を押す、及川君。 「テスト、頑張ろうね」  そう言うと彼は真っ直ぐ前を向いたまま「ん」と頷いた。 END.
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