高市皇子との出逢い

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高市皇子との出逢い

高市皇子さまと初めてお目にかかったのは、十二歳の頃でございましたでしょうか。宮中での儀式で神楽を奉納する母の手伝いをするために同行したおりでございました。 この頃は、子どもは母の家で育つので、同じ大海人皇子さまを父としながらも、母が違う私たちはそれまでお目にかかったことはございませんでした。 高市皇子さまは、お母さまが宗形大社の神主を務められる家の娘(尼子娘)でいらしたので、神に仕える家という共通したものがあるせいか、親近感のようなものがございました。 高市皇子さまは、私と同じくらいか少し年下でいらしたのかもしれません。それでも、大海人皇子さまの庶長子らしく凜として聡明な方いう印象でした。 もう数年後には、父上さまの片腕として活躍されるのだろうと、あのような方が長男として側にいらっしゃれば、父上さまもさぞ心強いのだろうなと思いました。 高市皇子さまのご立派なお姿とは対照的に、私はこの頃から(母のようになりたいのになれない)自分を感じ始めていました。それは、努力ではどうにもならない、巫(かんなぎ)としての資質に欠けているのでは、という思いでした。 母額田王は、巫(かんなぎ)として優れているだけだなく、ひとりの女性としても、娘の私から見ても魅力的な人です。 だからこそ父大海人皇子さまも、母を召して私を儲けたのでしょう。父の思惑通り、女子として産まれましたが、母のような優れた資質には恵まれなかったようです。 (十市皇女の歌は伝えられていない。) その日は、儀式の後お母さまは帝 (斉明天皇)に部屋に呼ばれておりました。 私が先に宮中を退出しようとすると「ひめみこ。高市さまが来ていらしたわね。庭を散策しながらお話したら?」といいます。 ちょうど、向かいから父大海人皇子さまと高市皇子さまがこちらに歩いてこられました。 「額田王、久しいな。 いつもながら艶やかな舞であった。 帝もご満足されたであろう。 今日は十市も母と共に参っていたのだな。 すっかり大人になって、美しくなった。 どちらのひめみこかと思ったぞ。 もう、縁談があってもよい年頃になったのかな。」 「まもなく十三になります。嫁ぐつもりはないようで、私のように宮中に出仕したいと申しております。 それで、今日は連れて参りました。」 「そうなのか?それは、残念だな。 高市とちょうど年回りも良いし似合いだと思ったのだが…。 高市、こちらは額田王。 娘の十市皇女。 そなたの異母姉だ。」 「高市皇子さま、私とお父上さまは帝と少しお話があります。ひめみこと庭でも散策していてくださいませんか。」 「わかりました。 十市さま、参りましょうか。」 「高市皇子さまは、お若いのにしっかりしておられますね。聡明でいらしゃるのに、それをひけらかそうとしない。 良い御長男を得られましたね、大海人さま。」 「私の後を継ぐ草壁皇子が病弱なのでな。高市が良き片腕となってくれるだろう。 十市は本当に妃にならないのか?」 「まだ、迷っているようです。 私は、本人の希望に添いたいと思っています。 私自身が、大海人皇子さまの妃にならなかったのに、娘にそうせよとは申せませんし、あの娘にはあの娘の役目があると思いますので。」 🍀🍀🍀 「なんてお呼びしたら良いでしょうか。 やはり姉上とお呼びするべきですか。」 「どうぞ十市と呼んで下さい。 高市さまの方がずっとしっかりしておいでで、まるでお兄さまのようですもの。」 「そんなことはありません。まだまだ未熟者で…。今日は母上様とご一緒に巫としておいでになったのですか?」 「ほんの少し手伝いをしただけです。母の後を継ぎたいと思っていましたが、私には巫の素養がないようです。舞も歌も母のようにはできないのです。」 「でも、巫のお努めは舞や歌だけではありませんよね。占いや祷りも大切なお役目なのではありませんか。 それに…このようなことを申し上げるのは失礼かもしれませんが、十市さまは宮中に仕える巫ではなく、全ての民の幸せを祈る方になっていただきたいです。 この国だけでなく、海の向こうにも民はおります。海の向こうに住む民も、元はこの国に住んでいた者の子孫だとも聞いています。 この国が栄えるよう、私も力を注ぐつもりでおりますが、争いが起きぬよう、誰も血を流す事のないよう、全ての民が幸せであるよう祈る方になっていただけたらと…、同じ父から産まれた者として、十市さまを信じております。」 「高市さま。ありがとうございます。迷いが少し晴れた気がいたします。 今まで、母への憧ればかりが強く、 そうなれない自分を疎ましく思っておりました。 でも、私は私のままで良いのですね。これからは自分らしい在り方を、自分の役目を見つけるよう努力してみます。今日は高市さまとお話しできて良かった。」
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