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嫁ぐ
高市さまと別れ、母と邸に戻ると、
母から話があると呼ばれた。
「十市です。
何か、帝からお話があったのですか。」
「疲れているところ呼んですまないわね。
大事な事だから、今日のうちに話しておきたくて。
先ほど帝からお話があったのは、
あなたの縁談の事だったの。
皇女の結婚は政(まつりごと)でもあるから、
本来であれば、あなたに相談する事ではなくて、
お父上の大海人さまと私と帝が話し合って決める事なのだけれど、
十市は私の娘だし、大海人さまの長女でもあるから、特別ご配慮くださったのだと思うの。
私もあなたを産んだ後、大海人さまの妃とはならず、巫としてひとりで殿方に頼らず生きてきました。
それは、自分の考えひとつで自由な反面、
全てを自分で決めて自分で責任を取らなければならないから、楽ではなかったわ。
でも、後悔はしてない。
だから、あなたがどうするか、自分の意思で決めてもいいし、この母と父上さまにお任せしますというなら、それでもいいの。ただ、大事な事だから、きちんと考えて返事をして欲しいの。」
「わかりました。それで、お相手はどなたなの?難しいお方か、お母さまがあまり気の進まない方なのね。」
「どうしてそう思うの?」
「そうでなければ、帝もお母さまお父さまに相談せず、お相手のお父さまから大海人のお父さまかお母さまに直接お話が来るでしょ?」
「そうよね。さっきも言ったばかりよね。結婚は政だって。そうなの。
実はね、中大兄皇子さまが御長男大友さまの正妃にあなたを迎えたいと帝に口添えを頼みに行かれたそうなの。
その意味は分かるわね?」
「はい。」
「私は、賛成とも反対とも言いません。ただ、難しい結婚だというのは間違いない。それを分かった上で考えて欲しいの。」
「お母さま、私は大友さまの妃になります。」
「もっとよく考えてからでいいのよ。」
「お母さま、私はお母さまのように巫になりたいと思って修行を積んできました。
でも、どうしてもお母さまのようにはなれない。だからといって誰かの妃になるというのも逃げるみたいで嫌だったんです。
でも、今日高市さまとお話ししていて、巫といってもお母さまのようになる必要はなくて、自分らしい巫になればいいとおっしゃってくださって、
分かったんです。
私は、お母さまのように歌を詠んだり舞うことは叶いませんけど、占いの才はあると思うのです。でも、国の先行きを占うなど、よほど経験を積んだ巫でなければ任される仕事ではありませんよね。
でも、自分のことや自分の家の先行きを占うのは自由ではありませんか。
実は、これまで何度か自分の事を占ってみたのです。
答えはいつも同じでした。
自分がお慕いする方に添ってはならぬと。私を妻にすると、お慕いする方に禍を呼ぶと占いに出るのです。
そして、私は私を必要として下さる方と結婚することで、できること、私の役目があると。でも、それはたぶん大変な難しい結婚なのでしょうけれど。」
「そうだったの。
自分の占いを信じてその道を行くのね。」
「そうしようと思います。
私、今日初めて高市さまとゆっくりお話ししましたが、たぶん、私高市さまのことが好きです。高市さまは、お父さまの片腕としてこの国に必要なお方。大切なお方ですから、禍を招く私はお慕いしているからこそお側には参れません。だから、大友さまの元に嫁ぎます。
ただ、この事はお母さまの胸の内に収めておいて下さい。私の拙い占いとはいえ、政に関わることですので。」
「わかりました。この話はこの母だけが承知しておきます。大海人皇子さまと帝には、大友さまとの縁談をお受けするとだけご返事しておきます。
今後は、巫の修行や宮中行事に連れて行くことはしません。
妃として恥ずかしくない振る舞いを学ばなければなりませんよ。
では、部屋に戻って休みなさい。」
「はい。お休みなさいませ。」
十市皇女が出ていくと、額田王は静かにため息をついた。
額田王には分かっていた。
いつか必ず父大海人皇子と、夫となる大友皇子は敵対することになる。
恐らく、そのことを分かっていて、
それでも大友皇子の妃の道を、
茨の道を娘は選ぶと言う。
それが、自分の役目であると、
まだ幼いのに…。
母であっても、それを止めることはできない。巫である以上。
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