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大友皇子
「失礼かもしれないけれど、ひめみこが私との結婚を受けて下さるとは思っていませんでした。
いつだったか、宮中の庭を高市皇子さまと歩いているのをお見掛けしたことがあったんです。とても楽しそうで、生き生きとなさっていて、十市さまは高市皇子さまをお慕いなのかなと思っていたので。」
私は、その事の言い訳はしなかった。
「私たち大王家の血を引く者にとって、
結婚は政でございますから。
本来は親同士と帝がお決めになること。
私の気持ちを尊重してくださったのは、
斉明の帝が母額田王を殊の外重用してくださっているので、特別なご配慮と感謝しております。」
「高市皇子さまのこと、否定はされないのですね。」
「申し訳ございません。」
「ひめみこは、私と初めて会った時のことを覚えておいでですか?」
「はい、もちろんでございます。
中臣鎌足さまが、お連れくださって、
ご挨拶いたしました。」
「あの時は、なぜ私に額田王さまと
十市皇女さまを紹介するのか不思議に思っていました。
同じ大王家の一族ではあっても、
ひめみこと私は身分違い、とても手の届かない尊い方だと思っていましたから。
近江から出て来たばかりでしたし。
ひめみこが正直にお話下さるので私も正直に申しますが、あの日から密かにひめみこの事をお慕いしていました。
だから、ひめみこが私との結婚を受けて下さったと聞いてとても嬉しかったのです。
なぜ、高市皇子さまをお慕いなのに私を選んでくださったのかは、お聞きしません。私のことを、これから少しづつ知ってくださって、出来れば好きになってくだされば嬉しいです。」
「大友皇子さまは、誠実な方なのですね。
私も、皇子さまのお気持ちに添えるようにして参りたいと思います。」
「そういえば、先ほど私が来る前に何の話をされていたのですか?仏典がどうとか、話されていたようですが…」
「中大兄皇子さまが、私に褒美を下さるとおっしゃるので、法華経の注釈書をおねだりしておりました。
中臣鎌足さまは、唐の文化を学んでおられて、仏教にもお詳しいと聞いております。ですから、中大兄皇子さまにお願いすれば、鎌足さまがお持ちの物をお分けいただけるのではないかと思って。」
「ひめみこは、巫になるために神の道を学んでこられて、今なぜ仏教を学ぼうとされているのですか?」
「仏教をお説きになったお釈迦様は、天竺国のシャカ族の王子だったそうです。
何不自由ない生活を捨て、人はなぜ生きるのか、どの様に生きるべきか、苦行を重ねた末に悟りを得られ、教えを説いたそうです。
その教えが、大陸を通って日本にまで伝えられた。多くの人が求めていた教えだからこそ、天竺国に留まらずシナ大陸に広がり、朝鮮半島を通って日本に伝えらたのだと思うのです。
この国にも、八百万の神を信仰する神の道がありますが、教えとしては、まとまってはおりません。
天照大神も、あくまで大王家とこの国の民を守る神。しかし、海の向こうにも人はおります。私は、この国にも、仏法が必要な時が来ているのではないかと思うのです。
大友皇子さまをお支えし、民の幸せを祷るためにも、仏法を学びたいと思っています。」
「もう、日本の神は捨てるということですか?」
「いいえ、仏法は、それぞれの場所で信じられていた神なども包含する教えだそうです。
随方毘尼(ずいほうびに)といって、
仏の教えの根幹を崩さない限り、
それぞれの土地の文化や慣習に従っても良いと言う教えだそうです。
それに、『法華経』は、厩戸皇子さまがこの国に一番ふさわしいと考えられたお経だそうでございます。
これまで学んだり修行してきたことも、全て活かしていく道を探していこうと思っております。皇子さまのお力に少しでもなりたいですから。」
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