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ひめみこへ
あなたがこの文を手にしているということは、もう私はこの世にはいないということなんだろう。
私は出陣の前日、額田王さまに
「ひと月経っても私が戻らない時は、この文を十市皇女にお渡し下さい。」とお願いした。
出来ぬ事と分かっていながら、偽りの約束をしたこと、無事に戻ると言ったことを許してもらえるだろうか。
あなたは、私の妃となることを受けた時から、こうなることが分かっていたんだね。
だから、戦を止めるために私の妃になることを選んだ。恋い慕う高市皇子さまではなく…。それは、高市皇子さまを守るためでもあったのだろうが。
それでも、あなたが私の妃となってくれた事が私は嬉しかったし、幸せだった。
本当は、許されるのなら、あなたの言う通りに、皇位など継がずに何処かにあなたと葛野王と親子3人で静かに慎ましく生きていきたかった。
しかし、中臣鎌足が死んでから、父と大海人の叔父上との間を取り持つ者がいなくなり、父に意見する者は、大海人の叔父上を含め皆排除され、父に阿る(おもねる)者ばかりとなってしまった。
父帝は、初めは後継者争いをなくすために、皇位継承を兄弟継承から長子継承に変えようとなされたのだった。
それまで、皇位継承のたびに争いが絶えなかったからだ。
父帝は、乙巳の変で蘇我氏本家を滅亡させたように、強い意志と決断力のある方だった。その反面、強引な面もあったことも確かだ。また、そうでなければ、新しい国造りはできなかったのであろう。
しかし、やはり性急すぎたのだ。
いや、時間をかけたとしても、やはり変わっていくことを嫌う者は必ず出てくる。その不満が高まらないように、その思いを受け止める者がいなければならなかったのに、私では力不足だった。
そして、父の周りには誰もいなくなったのだ。
不満が積み重なり行き場を失なった時、戦は避けられない。
一度全てをご破算にした後に、また
新しい国造りがなされるに違いない。
大海人の叔父上と鸕野讚良皇女さまは、優れたお方だ。必ずや、堅固な国造りをして下さるであろう。
あなたを、敗者の皇后(妻)と勝者の娘という難しい立場に追い込んでしまったことだけが心配で心残りだ。
だが、額田王さまとお父上大海人皇子さまがいらっしゃる。きっと、大丈夫だと信じている。
私が出来なかった、この国の民の幸せの為に働くことを、あなたが代わりに行ってくれるだろう。
こんな風に、何もかもあなたひとりに押しつけて去っていく私は、あなたに許しを請う資格もなかったことに、
今更気付きました。
私はあなたのために何が出来たのだろう。何もしてあげられなかった。
あなたはいつも私を支えてくれ、
勇気を与え、希望を与えてくれたのに。
私が貰うばかりで、あなたには感謝しかない。
私に添ってくれて、ありがとう。
私と共に生きてくれて、ありがとう。
どうか、葛野王と健やかでいて下さい。
私の願いは、それだけです。
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