一線を超えた後は一緒に歩こう

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 岳登の教育実習が終わる前日、美香代は学校の屋上にて一人で涙を流していた。岳登は偶然屋上へと訪れ美香代の姿を見つけた。岳登はその隣に座り、手巾(ハンケチ)を差し出しながら「何があった?」と訪ねた。  美香代は想い人の岳登が自分の隣に来たことで一気に全身が熱くなった。激しい心臓の鼓動と体の熱さの勢いに乗り、泣きながら自分の想いを打ち明けた。 「あーし、先生のことが好き! 授業に一生懸命で、あーしみたいなバカにも優しくて、あーしが嫌いだった名前も好きだって言ってくれた! それがスッゴク嬉しかった! だからあーしの名前が好きになれた! でも、それ以上に先生のことが大好き!」 岳登は驚いた。それからチラリと屋上の入口を一瞥し、人が来ないことを確認した後に美香代を優しく抱きしめた。  美香代は自分の体が燃え上がるのかと思うほどに熱さを感じながら岳登に尋ねた。 「せ、せんせい?」 「千代森! 俺はこれまでずっと勉強勉強に生きてきて自由がなかった! 千代森みたいに毎日を楽しむ自由な子に憧れていたんだよ! 今、気が付いた! 俺も千代森…… いや、美香代が好きだ!」  人間、自分に無いものを求めるもの。岳登にはなかった毎日を楽しむ享楽さ、岳登はそれを持っていた美香代に惹かれていたのである。それが恋だと気がついたのはたった今であった。  岳登と美香代はたった今両想いになった。だが、お互いの教師と生徒と言う立場がそれを許さない。そして、明日には教育実習が終わる。 つまり、この両想いはすぐに絶たれることになってしまうのである。 この、短い間にも愛を確かめたい…… 二人は屋上を照らす夕焼けよりも熱く温かいキスを交わすのであった。  翌日、岳登は学校から巣立っていった。美香代は連絡先を教えようとしたのだが、教育実習に定められた規則でそれは出来ないと断られてしまった。もし、知られることがあれば教育実習終了後に実習中止となり教師への道も絶たれるからである。  美香代が最後に岳登に送った言葉は、クラス全員の寄せ書きに書いた「いい先生になってくださいね」のみである。本当は「大好きだよ♡」と書きたかったのだが、この一言で余計な詮索をされた場合のことを考えて、ありがちな言葉に留めたのであった。
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