一線を超えた後は一緒に歩こう

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 美香代は諦めきれなかった。二人で手を繋いで歩く岳登の手を引き離して自分の元へと引き寄せる。 「先生! あたしです! 千代森美香代です! 先生と一緒に大学に通うために一生懸命勉強したんですよ! バカなのに! 頑張ったんですよ!」 「って…… 言われてもさぁ、マジで覚えてないんだけど? てか、マジで誰?」 「去年の教育実習でお世話になったんですよ!?」 「ゴメン。教育実習Ⅰと教育実習Ⅱがあったし、インターンでも何人も受け持ってるし、覚えてないんだ」 美香代にとってはたった一人の好きになった先生。 岳登にとっては数多く受け持った生徒のうちの誰か、それに加えて教員採用試験に向けた対策講義で忙しい毎日。美香代のことは、すっかりと忘れ去られているのであった……  岳登の彼女のギャルが美香代のことを訝しがる目で見つめた。 「ねぇ、もう行こうよ? この子ヤバくね? 関わらない方がいいよ!」 「じゃ、そういうことだから」 二人は去ろうとした。  こんなことが許されていいのか……? あの時の屋上で交わしたキスは嘘だったのか……? あたし…… いや、あーしはあの夕方を(よすが)にして嫌いな勉強を頑張ってきたのに! こんなんで(えん)を切られたら生きていけない!  美香代はポシェットの中からカッターナイフを出した。美香代はファーストフード店のアルバイトをしていた時に食材の入ったダンボールの梱包を解くためにカッターナイフを使っており、今でも習慣でカッターナイフを持ち歩いているのであった。 チキチキチキッ! 春の陽気の中、螽斯の鳴き声を思わせる音が辺りに響き渡った。 美香代が一気にカッターナイフの刃を出した音である。 その音に気が付いた岳登が振り向こうとした瞬間、背中に激しい痛みが走った。  美香代が岳登の背中をカッターナイフで刺したのである。 「先生の…… 馬鹿ぁ……!」と、言いながら美香代は岳登の背中に刺したカッターナイフをグイと捻った。 その瞬間、岳登の意識は絶たれた。
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